第11話 漢、額を床へこすりつける(つけさせてください!)
うららかな午後の陽が庭園を穏やかに彩っている。
豊かな緑の中に建てられた八角形屋根の
剛勇そのものとする筋骨隆々の男性と小柄な可愛らしい女性がカップを片手に話し込んでいる。
見た目は真逆な印象のカップルを遠目で眺める二人がいた。
揃って軽装だが武器を持っていれば、いつでも戦闘へ入れる体勢だ。ロマニア帝国第十三騎兵団の『
そこへ残りの二人である重装のアルフォンスと槍のイザークがやってきた。
「あれぇ〜、やってきたんですか。わざわざごくろうさんです」
四人のうち一番のお調子者とするヨシツネが軽口を叩いてくる。
「それは来るだろう。なにせ我が団長が花嫁を迎えるとくる。しかも相手はここ十年は鎖国も同然だったところの王族とくる。帰国の足を取って返すくらいして当然だ」
「厳重な護衛が必要とする名目も立ったしのぉ」
ユリウスと同年齢であるイザークに、年上は間違いない髭面のアルフォンスが続く。ドラゴ部族によるアドリア侵攻を食い止めた第十三騎兵団は一部を残し帰国の途へついていた。ユリウス団長がラスボーン辺境伯から公私混同に近い命を受けるなど、いつものことだ。念のため身軽な二人が団長に随伴し、残りが騎兵団を連れ帰るとしていた。
「アルだけでなくイザークまで抜けて大丈夫なのかい」
ベルが示す懸念に、イザークは微笑しつつだ。
「帰国の進軍くらい副長クラスで充分だろう。オリバーも任せられるくらいに育ったしな」
「とかいって、ただ気になったからでしょう」
否定は上がらなかった。
それよりも、とする変化も見えた。
「
アルフォンスが右手を額に当ててかざす。声は届かない距離であるが、姿は視認できる。ユリウス配下の四人だけでなく、他にも数多くの注視が存在するくらいガゼボで会話する男女二人も承知しているはずだ。わかっていると思うが……。
「それにしても、うちの団長の謝罪は女に対すると安くなりますよねー」
愉快そうなヨシツネに、イザークがいちおうといった感じで答える。
「ユリウスには他の態度が思い浮かばないんだろう。まぁ婚約破棄され続けた原因の一つは、あまりに下手へ出過ぎたこともあるはずなんだが」
「さっそく尻に敷かれそうなパターンですよ、あれ」
テーブルの脇で、ユリウスが土下座している。プリムラが近寄っては屈んでいる。頭を上げて身体を起こすよう頼んでいるようだ。
「でも団長、さっそく派手にやらかしているからね。しょうがないかな」
組んだ両手を頭にのせたベルが発する言に、「まったくだー」とヨシツネが全面的に同意する。
何があったか、アルフォンスとイザークは経緯の説明を求めずにはいられなかった。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
大広間をしずしず進むだけで春の陽が差し込むようだ。
黄金の髪が揺れるプリムラ王女に、黒髪のメイド姿をした侍女のツバキが付き従う。
思わず見惚れてしまう者が続出するなか、ユリウスの横まで行く。
プリムラはドレスの裾を自らの両手でつまみ上げた。膝を折って頭を垂れる。
「ご多忙のなか、わたくしのために出迎えのためお時間を割いてくださったこと、感謝に堪えません」
城主は踏ん反り返っていた椅子から急いで立ち上がる。慌ててディディエ卿は台座から降りてプリムラへ近寄っていく。
「いけません。王女たる貴女がたかが一辺境を任された老兵に頭を下げての挨拶など、もったいない限りであります」
「何を仰いますか。わたくしなど王女といっても第八であれば、お気遣いは不要です。それに何よりこれからは、父上様とお呼びさせていただく方です。遠慮は無用としていただきたく申し上げます」
そう言って、にっこり微笑むプリムラは魅了の微粒子を振り撒いているかのようだ。
大広間にいる者の心をがっちりつかんでいく。
たった一人だけ、肝心の人物だけは見惚れていない。普段なら真っ先に心が持っていかれそうなユリウスは、なぜかだ。うーうー、唸っている。
「どうかなされましたか、ユリウスさま」
ちょっと不安気にプリムラが訊いている。
いや、なに、とユリウスが妙に落ち着いている。らしくない。為人をよく知るベルとヨシツネには嫌な予感しかしない。それで大抵当たるから救われない。
重々しくユリウスは王女に尋ねる。
「なにがあったんだ、王女。そんな年端もいかないうちに婚約の約束ならともかく、相手の嫁ぎ先までやってくるなど、余程の理由がなければあり得んだろ」
すぐに返答はしないプリムラだ。ちょっと考え込んでいるだけなのだが、相手はユリウスだ。我が意を得たりとなった。意気揚々と声を上げる。
「安心してくれ、王女。どんな理由であろうとも子供がむりやり身内と別れ、故郷から引き離されるなどあってはならん。婚約くらい引き受けよう、だが住んでいた場所へ戻るようしてやる。子供が健やかに育つためならば、俺はいくらでも……」
言葉の途中を遮る声は、戦場であっても響き渡りそうなほどの怒号であった。
「このバぁカ息子が。失礼にも程があるぞ」
とても老人の年齢にあると思えない力でディディエ卿はユリウスを引きずり倒す。図体はでかい息子の頭を押さえつける。
「な、なにしやがる、親父殿」
「ば、バカやろう。王女だからとかではなくて女性に対して、失礼なんだよ、お前は」
必死に義理の息子の頭を床へ着けようとディディエ卿は奮闘する。年老いてもそんじょそこらの者には負けない腕力だ。
大陸中に剛勇を鳴らすユリウスだから抵抗できた。顔面は上がったままだ。目前にある王女の顔は確認できる。なにやら引き攣っているようなのがわかる。
「ユリウスさまはわたくしが子供だと……」
尋ねるプリムラの口調で察したいところだが、そこはユリウスだ。己の見立てを素直に吐露する。
「ああ、王女は素敵な女性だ。だがよくても十三、四だろう。せめて他国の嫁ぎ先へ赴くなら正式な婚姻関係を結べる十六の年齢を迎えてからだと、俺は考えるわけだ」
ディディエ卿は口を挟まなかったというより挟めなかったのだろう。やらかした、とする表情が遅きに失したことを物語っている。
おずおずプリムラが言い辛そうに打ち明けてくる。
「……申し訳ございません。わたくし、こう見えてももうすぐ十八になります……」
今度こそユリウスは大声で詫びながら自ら床へ額をこすりつけた。
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