第6話 漢、その記憶(そう、これが運命の瞬間だ!)〈1〉

 やはり別れは悲しい。

 仕方がないと承知はしても、ユリウスは悲しみを噛み殺しきれない。


 この世界には亜人とされる人種がいる。

 エルフとドワーフ、龍人に魚人ときて、翼人などが分類される。


 木こりを生業とする集落で生まれたユリウスは五歳の時に盗賊の襲撃を受けた。普段は傭兵とする手合いであれば戦闘力が高く、他者の死に対する感覚も麻痺している。容赦のない殺戮はお手なものだった。


 死に瀕したところを助け出してくれた者こそ、亜人の中でも特に希少種とされる翼人つばさびとの一人だ。呼称通り背に羽根を生やし自由自在で飛行する。シスイと名乗る年配男性が命がけで襲撃者の槍や矢をくぐり抜けて救ってくれた。


 ユリウスは思い出すたびに感謝で胸がいっぱいになる。

 そのまま引き取られた翼人の里で身体だけでなく心までも健やかに成長させてくれた。復讐心に駆られ自分の境遇しか目に入らなくなりそうになっても、シスイを初めとする翼人たちの愛情が視野を広げてくれた。もし彼らの下でなかったら、集落を襲った傭兵連中と変わらない生き方をしていただろう。

 翼人の里における生活は素晴らしい日々だった。できれば、ずっと共にありたかった。


 けれども人間は亜人相手では子が授かり難い。エルフとドワーフの二者が相手ならば、ごく稀に誕生する場合はあるようだ。だが他の亜人種の間で子孫を紡いだ例は聞かれない。


 もうすぐ十三とする歳でユリウスは翼人の里を降りるよう諭された。

 恩人シスイの説明では、懇意にしているディディエ・ラスボーンなる人物が身請けを了承してくれたそうだ。これから人間社会の一員として生きてほしい。これからがある若者が、いつ滅びるか知れない種の間に居続けてはいけない。


 人間より何かしらの特質が秀でている亜人種。しかしながら繁殖率は低く、数が増えない種族である。比較的人数が多いとされる龍人と魚人ですら万に届かない。

 人間が世界を席巻している理由は偏に人数の差だった。亜人とは四桁も違う。イナゴとどこが違う、とする揶揄も少数極まる側のみでしか通用しなければ笑いは起こらない。

 翼人はずっと子供が誕生していないらしい。二十人に満たない里の者が最後となりそうだ。

「どうかユリウスよ、同じ人間がいる社会で伴侶を見つけ、家庭を作り、子供たちに囲まれる人生を送ってくれ。それが私の願いだ」

 シスイの切なる想いを無碍になど出来ない。感謝していればこそ、決断をしなければならなかった。


 一人で約束の城址へ向かうとして見送りは里の境までとした。それ以上は辛すぎて別れ難くなる。


 山を降りて暖かい陽射しに包まれれば、まだ翼人の里ですごす生活が終わったなど信じられない。木こりとして皆の役に立つため腕を振るう日々が続くような気分になる。

 だが現実はこれまでと違う人生を歩んでいかなければならない。背負うものの存在が覚悟を問う。子孫をつなげるべく人間の生活圏へ入っていく。それは戦乱が続く世界へ飛び込んでいくことも意味していた。


 人間は同種で手を取り合うどころか、各自で共同体を築き、他者と争っている。いくつかの国家があり、いつまでも戦争へ発展する緊張を解きそうにない。一部の者を除けば兵として戦いに参加せざるを得ない。

 それが人間社会だった。


 だが里へ留まり続けいては種の誕生が望めない小さな世界で朽ちていくだけだ。

 どちらとした場合、前者を勧めるしかない翼人たちの苦悩は察しがつく。人間社会へ還す日に備え鍛錬を課された武術と剣術だった。別れ際にドワーフに依頼して鋳造した大剣を渡された。これで生き延びろ、ということだ。


 背中から突き出る柄に手を当てたユリウスは改めて決意する。

 これから戦場へ出ることになるだろう。

 けれども奪いもあるが、新たな命もつなげられる。未来に選択が持てる生活へ送りだすとした、シスイを初めとする翼人の願い。それに応えるためにも、簡単にくたばるわけにはいかない。


 いずれ家庭を持って子供を育ててみせる!


 まだ十三にもならないユリウスが恩人たちへ立てた誓いだった。


 猛然と前を行き過ぎる馬車によって誓いが早くも危うくなるなど、まだ知る由もなかった。

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