第4話 漢、危機的状況だと考える(女性はこりごり)

 カーテンを引けば、朝の眩しい陽光が差し込んでくる。

 思わず手をかざすユリウスの均整が取れた肉体を浮かび上がらせた。

 全身に隈なくある傷跡と共に。


 昨夜の酒宴で部下たちがしみじみだ。

 顔立ちは悪くない。二枚目かどうかは微妙な武骨な容貌ではあるが、凛々しさはある。歴戦の勇者といった雰囲気は漂っている。武を求める男子なら間違いなく憧れる。


 つまり白馬の王子を待つ女子や、瀟洒な男性を希望する帝国貴族令嬢には受け入れ難いとする裏返しの意見を含んでいた。


 背丈に匹敵するような大剣を背中へ差すユリウスは服の上からでも判別可能な筋骨を誇る。特別に高いわけでもない身長も龍人の猛者と張り合える膂力を有せば体格以上の威容を持つ。ぱっとした見た目は伝説の雪山に生息する人型の獣ではないかと言われることだってある。 


 それに何よりまずい、とする点がある。


 傷だ、正確には傷跡だ。

 敵陣へ向けて常に先頭を切って大剣を振るう。顔にまで及ぶ傷だらけは死線をくぐり抜けてきた証だ。戦場を共に駆ける騎兵のいずれもが尊敬して止まない戦士の証だ。


 ただし戦場など遠い世界とし、かつ煌びやかな空間で毎夜のごとく踊る女性にしてみたらだ。ユリウスが出征から帰還するたびに刻む傷は、あまりにも生々しい。恐怖を抱かせるが二番目の婚約破棄された理由だった。貴方は別の世界の人、それがエリス嬢から最後に告げられた言葉だ。


 やはり俺では無理なのであろう。改めて胸に巣食う結論にユリウスは嘆息を吐かずにいられない。貴族社会にあっては結婚など永遠に望めなさそうだ。これも木こりの倅にすぎなかった俺を伯爵家の養子にした『親父殿』のせいだ、とユリウスの胸裡に逆恨みが渦巻いていた。

 そこへであった。


「なーに、やってんすか、団長」


 いきなりかけられて飛び上がるように振り返る。 


「ななななんだ、脅かすな、ヨシツネ」

「ノックはしましたよー、何度も。で、ちっとも返事ないから開けてみたら、窓に向かって裸のまんま頭を抱え唸っている我らの騎士さまですよ。そりゃあ、心配になって呼びますねー」


 部下の、もっともな話しだ。そ、そうだな、としか返事のしようがない。   

 軽薄さが滲むも女性が喜ぶ顔立ちをしたヨシツネは肩をすくめては、少し大人びた表情をした。

「団長は勇名で鳴らす御方なんですから、それこそ結婚なんかにこだわらなければ、オンナなんていくらでもでしょう」

「ヨシツネよ、おまえは大きな誤解をしている。俺は女性と付き合いたいわけじゃない、結婚したいんだ。家庭を持ちたいんだ。それにだ、人の上にある立場を得た者こそ性の乱れなどを起こさないように強く自覚すべきだと思う」


 ちょっと困ったようにヨシツネは頭をかいた。


「下の者からすれば、上にある者の思慮あるご高説は力強いものです。もしパンツ一丁でなければ、説得力もまた違いましたでしょうけどね」 


 そ、そうだな、とユリウスは先ほどと同じ返事を繰り返すだけである。


「朝食が用意できてます。ラスボーン伯爵の言いつけで国境まで行くのでしょう」


 昨夜、わざわざ使者を酒場にまで寄越してきた。ハナナ王国からやってくる貴賓を出迎えよ、とする伝令だった。

 大事とすべき案件に違いない。それでもユリウスは不平とする声をもらした。


「まったく、相変わらず人遣いの荒い親父殿だ」


 機嫌が良くない騎士団長は傷だらけの腕へ袖を通した。 



 ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※  



 ぐずぐずなどしていられなかった。

 ユリウスは手綱を引いて丘を一気に駆け降りる。

 

 下方で一台の馬車が取り囲まれていた。

 行き手を阻む三十人ほどの荒くれ者だ。遠目でも盗賊と知れる。普段は傭兵を生業にしていると手にする武器から推察できる。


 ふとユリウスに幼き日の辛い記憶が過ぎる、危険な連中だった。


 うおぉおおお! と気迫が自然と吐いて出た。

 乗馬したまま背中の大剣を抜く。

 瞬く間に盗賊の半数を切断してみせた。


 残った連中にすれば、いったい何が起こったか。唖然とするあまり動きを止める者が多く出た。だが迫りくる闖入者の姿が我へ還らさせる。


 身の丈もある大剣を自在に操る驚異の剣士、いかなる劣勢も跳ね返す不敗の闘神。帝国第十三騎兵団を率いるユリウス・ラスボーン騎士。戦場を踏む者ならば、その勇名を知らぬなどあり得ない。


 返り血など気にせず馬を飛び降りて大剣を構える姿は、相手にとって死神だ。緋く染まる筋骨逞しい騎士が一つ歩を進めただけで、盗賊たちを心の芯から縮み上がらせる。悲鳴を上げ背を見せて逃げ出した。


「ベル、ヨシツネ。俺はこのまま護衛に廻るから、逃げた連中は任せる。でも深追いはするなよ」


 ようやく追いついてきた馬上の二人へ指示を出した。


 了解です! 任せてください! 腹心の青年騎兵たちは馬を駆った。


 一人残ったユリウスはやや怪訝そうに眉を顰める。

 貴賓とされる人物が乗る馬車にしては不可解だ。警護に当たる馬車なり馬上の者が付き添って然るべきである。なのに、この一台だけである。これでは手薄を通り越して盗賊に襲ってくださいと言わんばかりである。


 もしかして、罠か。

 ラスボーン伯爵の命令を知った者がユリウス暗殺に利用した。どんな策か判明しないが、この馬車は誘いだすためものだとすれば合点がいく。 


 不意にユリウスは気配を感じた。

 一人だけではない、複数人だ。

 やはりそうか、と大剣を掲げかけた、その時だった。


「そこにいらっしゃるお方は、もしやあのユリウス・ラスボーンさまではありませんか」


 馬車内から名を呼ばれるくらいなら、焦りはしない。

 若き女性の可愛らしい声音であったからいけない。

 三回立て続けで婚約破棄され、失恋に似た想いまで味わったばかりだ。正直なところ、しばらく女性はこりごりである。面識すら絶ちたい心境にある。闘神とまで評されるユリウスが唯一の弱点を突かれているような場面へ陥っていた。

 悪い意味で冷や汗が出てきた。出来れば護衛は自分以外の者に任せたい。ベルかヨシツネのどちらでもいい、早く帰ってこい、と内心で呟くほどである。


「ユリウスさま?」と馬車内から呼びかけがあった。返事がないのだから、当たり前だ。疑念は一先ず横へ置き、今度こそ慌てながらも応じた。


「す、すまない……ではなかった、申し訳ございません。確かにユリウス・ラスボーンであります。我が義父ちちであるディディエ・ラスポーン伯爵の命により護衛のため馳せ参上致しました」


 恭しくと心がけた口上を述べるユリウスだが片膝はつかなかった。礼を失う態度は重々承知で剣を握り立っている。どこに潜んでいるか、わからない。けれども複数の気配を確信すれば隙がある姿勢は取れない。


 がちゃり、馬車の扉のノブが回る音がする頃には、すっかり普段通りのユリウスとなっていた。

 うら若き女性の声を発しているから人物もそうだとは限らない。声音を作っている可能性は大いに考えられる。罠とする疑念の鎌首が再びもたげてきた。

 ドアが開くのを合図として、一斉に襲いかかってくるかもしれない。

 ユリウスは険しい目つきで馬車の開くドアを見つめた。

 開け放たれたら、交戦突入となる覚悟も決めた。


 ふとユリウスに別の可能性が浮かんだ。もしもだぞ、と考えつけば思わず叫んでいた。

 待ってください、と。

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