謎解きへの道は期待とちょっぴりの悪戯心で舗装されている

「ってことがあったんだよ」


 と、身振り手振りでスラスラ話していた安住さんが話を締めくくる。 


「へー。それで廊下に立たされてたの」


 対して、山井さんは驚き少なく相槌を打つ。

 時間は変わって放課後。僕たちは空き教室に集まっていた。


「ひどいよね! 授業終わりまでだからね。先生に指されたとき、隅田くんめっちゃ焦ってたらしいし。そりゃそうだよね〜」


 あの日からこうして僕たちはたびたび同じ教室に集まることになった。

 でもやっぱり僕にとって2人は本来雲の上のような人で、そこに僕が積極的に混ざろうなんて風には思えなかった。

 百合の間に挟まる間男でもないけど、今も机1つを挟んだ距離感的には今もそんな感じがしている。


 タイプは違うはずの2人なのに見ている限り普通に仲がいいからね! 明るくて気さくな安住さんとクール系一本道の山井さんが砕けた様子で仲良くしているところはそれはそれでいいものなんだよな……


 眺めていると、不意に横を向いていた安住さんの、大きな瞳がこちらに意識を向ける。


「染森くんは見てたんだよね! 今日の事件」

「……ごめん。なにかな?」


 すっかり聞いていなかったので素直に白状する。


「隅田くんが廊下に立たされたところ。慌ててたとか、怪しいかったとか、あった?」


 聞いてわかった。たしかにいつもではあり得ない事件だった。

 隅田くんか。先生の圧で慌ててはいただろうけど、怪しいところか。


「やっぱり言いづらそうだったね。言おうって決めるのに時間がかかってる感じだったかなぁ」

「そうだよね。なんかあの先生いっつも不機嫌そうだし」


 思い浮かんだのはそんなところだったけど、安住さんはうんうんと同意する。

 ……あとは、そうだ。


「『家に忘れました』って言ってたのはびっくりしたね。とっさだったんだと思うけど」 

「あ、そうらしいね! 意外だよね。ほんとにプリント家に忘れちゃったとか?」

「課題はちゃんと出してそうなイメージあるね」


 隅田くんの姿を思い出す。

 僕と同じか少し小さいくらいで、背は高くも低くもないくらい。派手な特徴とかはなくて、眼鏡をかけていた。

 たしかに隅田くんは真面目でそういうところに抜け目はなさそうな人だ。案外、本当に家に忘れたことを申告していたのかもしれない。そうだったら廊下に立たされ損だけど。 

 というか安住さん、結構な爆睡をかましていらっしゃったのね。隅田くんが立ったところも知らない感じ……?

 僕と同じ気持ちなのか、山井さんがジロリと安住さんを見る。


「友那は見てなかったの?」

「あたしは、その。……えっへへ、寝てたから」


 恥ずかしそうにもじもじしてネタ晴らしをした。

 山井さんはわかっていたと言わんばかりに薄い溜息を吐く。


「もしかしたら廊下に立ってたのは友那の方だったかもね」

「へへへ……」


 もしかしなくてもそうだろうな。あの先生の授業で寝ていた生徒を見たことないから逆にわからないけどね!

 頬杖を付いた山井さんが続ける。


「というか、そんなことをする先生がいるの。今の時代に」


 僕らと違ってA組に所属する山井さんには馴染みがないんだろう。若干引いたくらいのニュアンスで尋ねる。


「うん。健太郎も前に立たされてたし。あのときはなんだったっけ? あ、遅刻?」


 健太郎と呼んだのは、クラスの梶原くんだろう。

 ノリの良い人柄をしている梶原くんと安住さんとは他の何人かとたまに一緒にいるところを見かける。

 あのときは遅刻をして教室に入って来たタイミングが運悪く数学の授業で、遅刻しているのにヘラヘラしているだとかで怒られていた。 


 って、健太郎って呼んでるんだ。

 仲の良い間柄では普通なんだろうけどね。まぁ別にね?


 山井さんが首を傾げる。


「健太郎?」

「C組の子。水泳部の顧問も鬼瓦先生だから、部活でもしごきが増えて大変だったって言ってた」


 あーそれは想像できる。暗くなっても永遠とプールを往復させられたりしそうだ。

 なんて考えていると、思い当たったことがあるのか、山井さんが背もたれに寄りかかって口を開いた。 


「そういえば私のクラスも、今日事件があった」

「あー、プールの?」

「それ」

「あれね。やばいよね」


 ん? どれだろう。プール?

 僕が思い当たらずにいると、山井さんが様子を窺ったように訊いてくる。


「知らない?」

「え、うそ! 大事件だよ大事件」

「知らないかも……」 


 安住さんの驚きようからすると余程の大事件らしい。

 首を捻っていると、山井さんがその熱の籠っていない冷めたようにも聞こえる声色そのままに一言。


「なくなってたんだって」

「なにが?」

「プールの水が、だよ」


※※※


「うちのクラスは3時間目に体育があってさ、行ったら水がなかったんだよね」


 せっかく着替えたのに、とごちている。

 それで水泳の授業ができなくなったという。それは大事件だ。


「それで授業はどうなったの?」

「自習になった。よかったと言えばよかったかな、まぁ」


 あまり運動は好きではないようで、山井さんにとってはいいことだったらしい。

 にしてもプールの水がなくなるなんて。

 そういえば先日プール開きをしたから、今の体育は基本プールの授業になるんだった。


 あれ?

 驚いていた僕は、何か引っかかりを覚えた。そしてそれは安住さんが教えてくれた。


「てか染森くんは知ってるでしょ。うちのクラスも4時間目プールじゃなかったじゃん」


 うわ恥ずかしい。

 僕は足元の鞄を引き寄せる。当然、中には今日の授業で使った体操着が入っている。

 男女別だから安住さんは今日じゃなかったはずなのに。

 ニヒルにも見える表情で笑っていた山井さんが腕をつく。


「結局、犯人はわかったの?」

「まだみたい。見てる人がいなかったから全然わかんないんだって」

「カメラもないしね」


 そうか。校舎内に基本的にカメラはない。犯人を見つけるのは簡単なことじゃないだろう。

 他には、そうだ。


「水が抜かれたのがいつとかは知ってる?」

「んとね、朝、鬼瓦先生が水質検査をしたらしいけど……それからはわかんない。水を抜くのに時間がかかるから午前中の間らしいよ」

「午前中、か。4時間目には見つかっているから、それまでにってことかな?」

「そっか。なら休み時間にってこと?」

「うーん」


 なんとも微妙な時間だ。授業合間のたった10分でどうこうできるものなのかな?

 まだ思い出せたのは小学校のプールだった。壁にある排水口に手を近づけて、吸い込まれていった感覚。

 水がたった数時間でなくなってしまうほどの勢いがあるとも思えない。犯行時間の目処も立たない。

 頭を悩ませていると、立てた指をふりふりとやっていた安住さんが言う。


「やっぱり授業をやりたくなかったとかなのかな?」

「そうだろうね」


 プールを良く思っていない人がやったのはそうだろう。

 安住さんが声を上げて驚く。


「えープール楽しいじゃん。冷たくて気持ちいいし。そんなにやりたくないかなぁ」

「私はやりたくないけどね」

「そりゃかすみは運動嫌いだからでしょ。いっつもやる気なさそうなくせに!」

「好きな競技もあるよ。……卓球とか」

「ラケット持ってるだけで跳ね返せるからでしょ!」

「まぁね」


 さすが安住さん。大抵のことはお見通しらしい。

 言われると、大体動作の緩慢な山井さんが元気に運動しているところは想像できないなぁ。 

 スラリとして白い肌を覗かせてる手足は運動に適してはなさそうだし。

 安住さんは言わずもがな健康優良児らしく、健康的なスタイルをしている。ついでに言うと、その存在を主張する胸元には無意識に目が行ってしまう。ほんとにたまに。

 そんな安住さんは一段声のトーンを上げる。 


「やっぱりさ、気にならない? 誰がそんなことしたんだろうね。結構大変じゃない? 水を抜くのって」

「半分くらいは入ってたけどね。まぁ普通は抜かないでしょ」


 山井さんは冷めたように言ってのける。

 つまりその半分を誰かが意図的に抜いたってことか。

 山井さんの様子を窺う。

 山井さんは既に気だるげそうにスマホを触っていた。もうちょっと話を訊けるかと思ったけど、あんまり興味はないのかな。

 つられるようにして安住さんも振り向く。

 2人の視線が集中しても、山井さんは変わらずスマホをいじっている。

 この1ヶ月ちょっとでなんとなくわかったけど、やっぱり興味のない話題だといつにも増して身が入ってないように見える。逆に、興味のあることなら食いついてくる人なんだ。

 だからこそ、この前僕の痴態には興味を惹かれたんだろうけど。残念ながらそれからはあんまり気を引くことができていないことにもつながっている。難しいところだ。

 それは安住さんも同じようで、眉を顰めて抗議していた。

 やがて、安住さんが話かけようと腕を伸ばしかけたそのとき。


「排水装置があるならボタン1つで抜けるみたい」


 顔を上げた山井さんが発したのはそんな言葉だった。


「え、なに?」


 注目されているのに、返答はない。不思議な状況に山井さんが思わず声を出す。

 安住さんは、僕を一瞥すると浮いたままになっていた手を合わせた。


「なんだ。かすみも気になってたんじゃん!」


 言われた山井さんは頬をほんのり赤らめると、そっぽを向いて、


「まぁ、そりゃ、滅多にないだろうし。そんなことする意味がわからないし……」


 と、もにょもにょ口元を動かす。


「うんうん。そうかそうか。え〜困ったな〜 かすみが気になっているのに全然犯人がわかんないや」


 おどけたように言う安住さんは、にんやりと口角を上げ、そして僕に意味ありげな視線を送った。


「あたしも気になるなぁ。誰かが推理してくれたらおもしろいのにな〜」


 安住さんは期待を隠そうともせず、目を細めて人を惑わすような笑顔を向ける。


 いや、まさか。そんなことないよね?


 否定しようにも、もちろん視線の先には僕しかいない。この教室にいるのは安住さんと山井さんと、そして僕だ。


 山井さんも、無表情がちに、けど真っ直ぐに僕を見つめている。


「かすみにいいところ見せるチャンスなのにな〜」


 チラチラと僕を振り返る安住さんがちょっとうるさくなってきた。

 だからそういうのじゃないって。


 期待されても応えられるかはわからないのに。僕にはそれだけの自信も覚悟もない。

 けど、2人に必要とされて、頼られている。

 役に立って、いいところを見せれるかもしれない。

 そんな淡い期待に焦がれる単純な想いが湧いてきて。

 だから、僕はつい言ってしまうのだった。


「わかったよ。ちょっと考えてみるね」


 あーあ、これではもうタダでは帰れない。

 興奮しているだろう頭の片隅でそんなことを思った。

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できることならこのギャルたちを紐解きたい! 赤月鵯 @hiyodori_akatsuki

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