第5話 [アラクネ] 5 ライブバトル

 ざわつく人垣に囲われた、広場にできたステージの中心に[軍人リーダー]が立つ。

 彼が声を張り上げ、彼の声に観客の意識が向いた瞬間。


 胸を打つような音の衝撃が奔る。


 市場の喧騒を踏み潰すような、圧倒的な音量のドラムマーチ。

 スネア、シンバルとバスドラムによる2/4拍子の力強い演奏を前にして、人垣からの声が止まる。


 誰もが目を見開いて、演奏に意識を向けた。

 森では聞き馴染みのない、壮大なパーカッションに観客は不安と沸き立つような興奮を覚える。

 観客が音に慣れぬ間に、金管楽器によるメロディーが加わる。


 初めて聞く曲調。

 それでも、観客に強かさと威厳を想起させる。

 奏でられる音楽は新時代を賛美する軍歌。

 壮大なメロディーに圧倒されて体に力が入り、観客はおのずと背筋を伸ばす。



 [軍人リーダー]がバトンを回転させるとさらに魔法が発動する。

 演奏している四人の輪郭が揺らぎ、それらは左右に分かれるように広がって、新たに12人の半透明な演奏隊が召喚された。


 想像するまでもなく、その意味を察する。

 拡声魔法もあって、ここまででもかなりの圧力を感じていた。

 これが4倍になったら……。


 彼らの奏でる音と、その重圧が広場を埋め尽くす。

 音圧が増しただけではない。

 音の厚みが彼らの演奏の説得力を確かなものにさせる。

 森から浮き出るような、規律された行進曲は、観客の意識を握り続ける。

 耳から、目から、彼らの主張する確固たる強さを押し付けられるようなパフォーマンス。

 統率された動きが織りなす人工的な美しさは、森という自然に囲まれた環境の中で、彼らの存在感を強烈に植え付けた。



 演奏されている楽曲は、わかりやすいメインメロディーとメジャーコードによって構成されている。

 つまり、誰でも馴染みやすく、強く印象に残る曲調だった。

 彼らにとってこの市場はアウェーな環境だが、逆に言えば観客に目新しい体験を提供できる。

 彼らのパフォーマンスは、新鮮さで注意を引き、のりやすく力強いメロディーで、彼らの人魔が融合した新しい文化を印象付ける。

 そして、人間が得意としていた統率の取れた文化を組み込んだこの音楽は、強いリーダーシップを感じさせ、あらゆるものに手を差し伸べると言わんばかりの心強さを見せつけている。

 明らかに、この森でのバトルに最適化されたパフォーマンスだった。



 徐々に人だかりは大きくなり、手拍子や声援を送るものまで現れ始めた。

 [シルバーバック]は唇を噛む。

 ここから演奏を中止させるのは憚られる。

 この自由を尊重する市場で誰かのパフォーマンスを、それも、敵とはいえこれほど素晴らしいものを勝手に止める権利など彼にはない。

「演奏など……、どうしたら……っ」


 記憶に残りやすい威風堂々としたメインメロディーが繰り返される。

 観客の盛り上がりは徐々に勢いを増し、青果エリアに一体感が生まれる。

 遂にはメロディーを口ずさみ始めるものまで現れ出した。


 [軍人リーダー]が[シルバーバック]に告げる

「暴力の時代はエルフの加護で乗り切っていたようだがな。だからこそ危機感がたりないのだ。いつまでも森に籠っているから、新しい時代についてこれんのだ」



 曲は最大の盛り上がりを見せた後、メロディーの演奏が終わり、パーカッションによる4ビートのみが繰り返される。

 これは相手にパフォーマンスを渡すサインだ。

 観客も、賛辞の拍手を送った後、返しのパフォーマンスを心待ちにし、手拍子を始める。


「ま、待ってくれ……。 私にはそのようなことは……」

 うろたえる[シルバーバック]を置き去りに、会場の手拍子はその大きさを増す。

 そろそろ何かを切り出さなければ、苛立ちにつながりかねない。


「何もできないのならこのまま演奏を続けさせてもらう。ただし、ここの取り扱いの権利はいただいていくがな」


 ―――


(……見ていられない。)

 [アラクネ]は、市場にできたステージから、顔を無意識に背けていた。

 私と同じく時代についていけない者は生きるすべを失っていくのか。

 この森でもそうなのだろうか。

 いつの間にか腕が震えるほど拳を強く握っていた。


 ―――



 [シルバーバック]は奥歯を強くかみしめていた。

 暴力の時代を戻してはいけないことは重々承知してる。

 そして観衆も、アイドルや音楽という新時代を歓迎しているように思える。

 [シルバーバック]は腹をくくり、[軍人リーダー]に降伏を伝えようと、固く結んだ口を開きかけた、その時だった。


 リングの中心に躍り出た一人の獣人が、華麗な歌声でリズムに乗って歌い始めた。


 ―――


 聞き馴染みのある歌声に、勢いよく顔を上げた。

 あいつなにしてっ……!

 とっさに後ろを振り返るがそこには彼女の姿はない。

 1人で立ち向かっているのは紛れもなく、彼女だった。

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