第4話 [アラクネ] 4
[獣少女]と出会って半年が過ぎた。
今日は[獣少女]と森の市場へ日用品と食材を買いに向かう。
森で生活するうちに、お気に入りの場所はいくつかできたが、市場もそのうちの一つだった。
けもの道が集まってゆき、だんだんと道幅が広くなって森が拓ける。
様々な種族の賑やかな声が、目的地に近付くにつれて大きくなっていく。
市場帰りの森の住人達とすれ違うと、果実や香辛料を思わせる、様々な香りを残していった。
「あー、おなかへったよぅ……。やっぱり市場で食べていかない?」
[獣少女]は、すれ違いざまにおすそ分けされた香りに、空腹を引き立てられたようだ。
かくいう私も、このままだと落ち着いて買い物できそうになかった。
「ああ、そうしようか。持ち歩くの大変だから、食品は最後にしよう。」
踏み固められた道が広くなり、道に沿うように様々な色のテントや屋台が並ぶ。
ここが市場の端だ。
市場には周辺の森にすむ住人が、買い物に集まる。
今歩いている道は、自由に物品を交換するフリーマーケットを中心に、不定期な出店に利用されるエリアだ。
様々なものが取り扱われており、食べ物のほかに、森に暮らしている部族の工芸品や、隣接する国々から渡って来た中古品も売られている。
訪れる度に目新しいものが並んでいて飽きない場所だ。
二人で通りを歩いていると、[獣少女]が何かを見つけて露店に近寄る。
「ねーこれ似合いそう!赤と青どっちがいいかなぁ」
彼女は売られていた蔦で編まれたアミュレットを私の首元に当ててきた。
私は、彼女が何かを見つけるたびに話しかけてくれるこの時間が好きだ。
「今日は食材を買いに来たんだろ、早くしないと日が暮れるぞ」
彼女の頭を優しく撫でて、アミュレットを元の場所に戻すように促す。
私の手が離れると、彼女はアミュレットを露店に戻しに向かったが、今度は隣の屋台で売られていた楽器を手に取り私に見せにきた。
「見てこれ!リュートって楽器なんだよ」
人間社会の文化流入が起きてからは、こういった弦楽器を見かけるようになった。
大戦以前から魔界にあった楽器は、原始的であったり簡素なものが多い。
広く知らていたのは、ゴブリンが使う打楽器や、海人種の使う貝の笛のようなものだった。
彼女が指で糸を数本弾くと、音が散らばった。
メロディーにはなっていないが、どの音も耳障りのいいものだった。
嫌いではないがそれほど興味は湧かないし、私にああいったものは似合わないだろう。
「置いてくぞー」
踵を返して道行く人の流れに戻る。
彼女が慌てて追いかけてくるのを想像して、そうさせたいというか、少し意地悪したくなった。
「あーん、まってよー……」
丁寧にリュートを戻して、店主にありがとうと伝えた彼女が小走りで追いかけてきた。
ほら、やっぱり。
家でゆっくりした時間を過ごすのも好きだが、こうして二人で出歩くのも悪くないと思った。
―――
フリーマーケットの通りで食べ歩きを済ませた後、広場に向かっていた。
先ほどの通りは目新しいものが多い反面、日用品や食材の調達には向かない。
対して広場では、食材や繊維など流通量の多い物品が中心に取引されている。
ここでは自主的に組織された運営メンバーによって、品質と相場が保証されているので、まとめて食材を買いたいときに利用している。
ここら辺一帯のエリアが市場と呼ばれているが、実際に市場のシステムがとられているのは広場だけだ。
私は料理をしないので、食材の購入は[獣少女]に任せっきりだ。
彼女は気まぐれに買っているように見えて、料理はいつも美味しいし、食材を無駄にしたこともない。
大人しく荷物持ちに徹し、彼女の横を歩く。
広場に近寄ると人通りが急に増え、活気を感じる。
しかし、そんな広場に今日は剣呑な雰囲気が混じっていた。
青果エリアに小さな人だかりができている。
覗き込むと、この森では見かけない、人間社会の儀礼用の軍服を着た8人程の人型魔物が、大柄な白い獣人と対峙している。
あの白い獣人は[シルバーバック]で、この青果エリアを仕切っているリーダー的な存在だ。
軍服達のリーダーと思わしき[軍人リーダー]が[シルバーバック]に何かを言った直後、普段温厚な彼からは想像もできない怒号があたりに響き渡った。
その場の全員が一瞬硬直し、周囲の緊張感が増す。
[獣少女]の腕を引き、私の背側に立たせた。
対峙する二人を中心に徐々に人が離れ、青果エリアに人垣の円ができる。
ちょうど果物を買う予定だったので、野次馬に交じって二人で様子を伺うことにした。
[軍人リーダー]が、書類を指しながら[シルバーバック]と対峙する。
彼は[シルバーバック]に臆せず、たんたんとした口調で話し続けた。
「この市場は、我が国によって維持されている森で取れた果実を違法に収穫し、他の市場へ流通させずに独占している。また、それらの果実に対して、必要な税が納められていないことになる」
「この森の財産はどの国も独占しえない。勝手なことを言うな」
「我が国の国境警備隊は害獣の討伐など、その果実の保護に投資している。我が国にもその果実を収穫する権利があるはずだ」
「この果実は貴殿らの言う国境付近の"非占有地域"で取れたものも含んでいるが、それはごく一部に過ぎない」
二人の討論は止まらなかった。
[シルバーバック]の逆立った毛からは深い怒りを感じ取れた。
彼の怒りのピークを感じ取った[軍人リーダー]は、討論の場を崩しかねないセリフを口にした。
「森の住人は、森の保護という名目で諸外国にとって採取に適さない環境を作り、その作物を不法に独占していると言える」
交渉ではなく、相手を悪と決めつけたうえでのセリフ。
相手を挑発しているかのような言葉選びだった。
加えて、[軍人リーダー]の背後にいる兵たちが腰に付けた剣に手をかける。
[シルバーバック]の表情にわずかな怪訝さが垣間見えた。
この市場には戦闘から自分の身を守れない者が大勢いる。
「やめろ、我々は争いによる解決は望まない」
一度負傷者が出れば、この場だけでは済まなくなるし、事態はより悪化していく。
しかし、一方的な主張は認めることはできないため、冷静な話し合いを望む意図で [シルバーバック]はそう返した。
しかし[軍人リーダー]は、[シルバーバック]のその言葉を待っていた。
「それは我々にとっても同じこと、であるなら"新時代"のやり方で決めるべきだ」
彼らは初めから、議論を白熱させた後に暴力の雰囲気をちらつかせ、別の解決策へ誘導する算段だった。
新時代のやり方。
魔王が討伐されて以降、この魔界で多くの集団に取り入れられてゆき、新しい外交方法として確立しつつあるそれは
「アイドル」による勝負を指していた。
魔界で用いられる「アイドル」は人間世界とは少し意味が異なっている。
アイドルは性別や種族を問わず、一人または複数人の集団で、演奏、歌を含む、パフォーマンスを披露する。
つまり、人間世界でいう音楽バンドや、オペラ、弾き語りなども含まれる。
彼らは集団の思想の代弁者として、音楽による勝負を行い、文化の豊かさを競い合う。
良いパフォーマンスは良い文化から生まれたことを示し、負けた方は相手方のやり方を自身の文化に取り入れていく。
勝敗は、付随した取り決めの影響を受ける本人たちが観客となって選ぶ。
つまり今回でいえば、[軍人リーダー]達と[シルバーバック]がそれぞれの文化の顔となるアイドルを競わせ、市場の利用者に結果を判断させることになる。
「まて、私はこの森の代表者ではないし対決するためのパフォーマンスも持っていない」
[シルバーバック]が狼狽える。
この森はエルフの絶対的な力によって維持されてきたことで、同時に鎖国的な性質を強く持っていた。
森の住人の多くは、外の国の最先端の文化を嫌いはしないものの、体験や実践するものは少ない。
アイドルによるパフォーマンスの勝負、通称「ライブバトル」が国交に用いられることも知っている程度で、観客としての参加経験があるものはほとんどおらず、ましてや森を代表するアイドルなど決まっていなかった。
この森で大きなライブバトルが使用された事はまだないし、歌や踊りが趣味の魔物が個人で嗜んでいる程度が関の山だった。
「ならば旧時代の武力で決めるか? ……であるなら、我々はこの森の意思を早急に諸外国へ伝える必要がある」
魔界全土で、旧魔王時代まで行われてきた闘争による支配は忌避されるようになっていた。
これまでこの森が独立していたのは、エルフの力の行使によるもので、この時代に同様の行いをすれば他の国との関係は悪くなる。
この森は広大であるがゆえに、隣接する国も多い。
周辺国との関係が悪化すれば、文化の流入はさらに減り、溝は深まっていくだろう。
この勝負を断ることはできそうにないが、戦う手段がないのも事実だった。
安易な回答ができないことを悟った[シルバーバック]は言葉に詰まる。
[軍人リーダー]は[シルバーバック]に思考する隙を与えまいと、集団に合図を送る。
軍服のメンバー達が各々の携帯していた武具に魔力を込めると、それらはたちまち形状が変化し、様々な楽器となった。
続けて[軍人リーダー]が引き抜いたサーベルが、バトンのようなものに変化する。
「まずはこちらから始めさせてもらう!」
[軍人リーダー]がバトンを掲げると、拡声の魔法が起動する。
この魔法は、場に潜在する空気の精霊に対して働きかけ、特定の声や音を強調する。
精霊を介す魔法のため、種族を問わず使用できることから、魔界の文化に取り込まれた人間の魔法の一つだった。
同時にこれはライブバトル開始の合図でもある。
エルフの大樹海にとって初めてのライブバトルが開始された。
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