最初のスケルトン1

「んん……」


 目を覚ましても穴の中は暗かった。

 深い縦穴なので朝ではまだ穴の中にまで日の光が入ってこないのである。


 それでも夜よりは少し明るい。


「うわっ!?」


 何かが自分を覗き込んでいるとクリャウは気づいた。

 喉が渇いたなんて思いながら寝ぼけた目を擦って起き上がったクリャウは驚いて骨の上で尻餅をついてしまった。

 

 少しぼやけた視界がハッキリしてくると目の前に骨が立っていることに気がついた。


「ま、魔物!?」


 骨の上に思い切り倒れ込んだ痛みなど忘れて恐怖に顔を青くする。

 骨に魔力が宿って動き出す魔物であるスケルトンだとすぐに気づいたクリャウは慌てて後ずさる。


 けれども狭い穴の中ではさほど下がることもできない。

 上を見上げるけれどクリャウの叫び声に反応する人もいなければ飛び上がっても穴の縁に手は届きそうにない。


 殺される、とクリャウは思った。

 何もこんな時に穴の底で魔物が発生しなくてもいいのにと頭を抱えるようにして守る。


「…………ん?」


 しかしいつまで経ってもスケルトンは攻撃してこない。

 寝ぼけて夢でも見たのだろうかとクリャウがそっと目を開けるとまだそこにスケルトンはいた。


 眼球のない目でクリャウのことをじっと見つめている。

 魔物は人を見ると襲いかかってくる。


 アンデッドのスケルトンも同じはずなのにとクリャウは不思議だった。

 もしかしたらただ立っているだけかもしれない。


 そう思ったクリャウはスケルトンの視界から外れるようにゆっくりと動く。


「みみみ、見てるぅ〜!」


 スケルトンは動いた。

 劇的な動きを見せてクリャウに襲いかかってきたわけではないのだが、ゆっくりと動くクリャウに合わせてスケルトンもクリャウに体を向けるのだ。


「なんで!?」


 スケルトンが急に現れたのも謎だし、襲いかかってこないことも謎だし、ひたすらに見てくることも謎だった。


「こっち見るなよ! ……へっ?」


 気味の悪さを覚えてクリャウは思わず叫んだ。

 するとスケルトンがくるりとクリャウに背を向けた。


 またしても理解のできない行動にクリャウはただ恐怖しかなかった。


「と、とりあえず今のうちに!」


 スケルトンの行動は理解できないけれど襲う気がないのならその気が変わる前に早く逃げなければいけない。

 クリャウは再び穴を見上げる。


「え、えいっ!」


 目いっぱい手を伸ばして飛び上がってみるけれど穴の縁に手が届く気配もない。

 何回か飛んでみてもただ少し疲れるだけ。


 次は壁を登ってみようと試みる。

 穴の内側の壁は比較的デコボコとしていて手や足をかけることはできそうに見えた。


「あっ、いてっ!」


 必死に壁の出ているところを掴んで登ろうとしてみたけれど、思いの外土が柔らかくて子供の体重でも簡単に崩れてしまった。

 落ちたクリャウは骨にお尻をぶつけて悶絶する。


「……こんなの出られないよ」


 クリャウは泣きそうな顔をする。

 仮にスケルトンに殺されることがなくとも穴から出られないのでは結果的に死ぬしかない。


「誰か……助けてくれないかな」


 おそらく自分の力では脱出などできない。

 クリャウは誰にも届かないような声で呟いてうなだれた。


「……ぎゃああああああっ!?」


 しょんぼりとするクリャウの脇に何かが当たった。

 見てみるとスケルトンの手でクリャウは悲鳴を上げる。


 とうとう殺されるのかと身構える。

 けれどもスケルトンは手にグッと力を入れてクリャウを持ち上げるようにしようとしただけだった。


「へっ?」


 何をしてるんだとクリャウは困惑する。

 全く痛くもなくスケルトンはずっとクリャウを持ち上げようと力を入れているだけだった。


「……もしかして、助けようとしてくれてるの?」


 ふとクリャウはスケルトンが穴から出る手助けをしてくれようとしているのではないかと思った。

 恐る恐る振り返ってみても表情もないのでスケルトンの考えはわからない。


「よ、ヨイショ!」


 手助けしてくれるのならとクリャウはまた飛び上がってみた。

 スケルトンはクリャウのジャンプに合わせて力を入れて補助してくれる。


 一人でジャンプするよりは高く飛べたけれどそれでも手は届かない。


「もう一回!」


 ただ飛んでも手は届かない。

 もう一度飛び上がったクリャウは壁の出っ張りに手をかける。


「足押して!」


 もしスケルトンがクリャウの言うことを聞いて助けてくれるなら物は試しとお願いしてみる。

 出っ張りが崩れる前に下から支えてもらえばなんとかいけるかもしれないとクリャウは思った。


「よし……」


 スケルトンがクリャウの脇から手を抜いて足を下から支えようとしてくれる。

 そのおかげで出っ張りは崩れなかった。


 崩さないように慎重に出っ張りを掴みながらスケルトンの力も借りて体を持ち上げていく。

 別の出っ張りに手を伸ばし、へこんでいるところに足をかけて体重を分散させる。


「せー……の!」


 クリャウは勢いをつけると穴の縁に手を伸ばした。


「届いた……!」


 なんとか右手が穴の縁に届く。


「うっ……」


 しかし細腕のクリャウは片手で自分の体を引き上げられない。

 左手も伸ばして穴の縁にぶら下がるけれど自分の体を持ち上げることができない。


「あっ……」


 このままだと落ちてしまう。

 腕の力が急速になくなっていくことに危機感を覚えたクリャウの体がグッと持ち上げられた。


 見るとスケルトンが手を飛ばしてクリャウの足の裏を押してくれていた。


「おりゃああああっ!」

 

 これならいけるとクリャウは手に力を入れる。

 ちょっとずつ体が持ち上がって腕が穴から出る。


 歯を食いしばって体を支えて穴から抜け出した。


「やった……やったぞ!」


 穴から抜け出してみるともうほとんど昼間だった。


「お腹すいたな……」


 最後に何かを口にしたのは前の日に無理矢理口に詰め込んだパンしかない。

 脱出して思ったのはお腹が空いたということだった。


 それもこれも生きているから思えることである。


「スケルトンさん、ありがとう!」


 穴の中を覗き込むとスケルトンがクリャウのことを見上げていた。

 いまだに理由は分からないけれどスケルトンがいなかったら穴の中から抜け出すことはできなかった。


 魔物であるはずのスケルトンが助けてくれたのだ。


「……俺にはどうすることもできないから」


 クリャウはお礼を言うと穴から離れていった。

 残されたスケルトンがどうなるのだろうとは思ったけど、穴の中からスケルトンを助け出す術もないし魔物を外に解き放っていいのかも分からない。


 クリャウに出来ることなどないと家に帰るしかなかったのである。


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