原初のネクロマンサー〜いかにして死霊術は生まれ、いかにして魔王は生まれたか〜
犬型大
黒き魔力の持ち主
「逃げろ!」
「きゃー!」
黒い魔力をまとったスケルトンが剣を振るう。
村人はロクな抵抗もすることができずにスケルトンが持つボロボロの剣に切り裂かれて倒れていく。
「スケルトンだと!?」
「みんな倒すぞ!」
村の中でも戦える大人たちが狩りから戻ってきて剣を抜く。
「グフっ……」
所詮スケルトン、そんな風に思って振り下ろされた剣は巧みに受け流されて村人は胸を貫かれた。
悲鳴が飛び交い、スケルトンに助けを乞う声が途中で途切れる。
やがてけたたましいほどに聞こえていた悲鳴が少しずつ小さくなっていき、なんの物音もしなくなった。
残されたのは一人泣く少年と返り血で真っ赤なスケルトン。
「スケルトンさん……」
少年は涙で濡れた顔を上げた。
もう他に生きている人間はいない。
「ありがとう……」
しかしスケルトンは少年に剣を振り上げることはなく、ただただ少年の前に立ち尽くしているだけだった。
ーーーーー
「黒魔力、役立たずだ!」
無邪気な子供の非情な言葉と共に石が投げられた。
「イテッ!」
石が頭に当たって少年はぐらりと倒れかけた。
なんとか堪えた少年の頭から血が流れて地面にポタリと垂れる。
「何睨んでんだよ、役立たず!」
思わず石を投げた子供を睨みつけた少年に再び石が投げられる。
今度は当たらなかったものの頭スレスレを石が通り過ぎていって背中がヒヤリとする。
また石を投げられてはたまらない。
少年は足を速めて子供たちから逃げるように離れていった。
幸い子供たちは後ろから騒ぎ立てるように言葉を投げかけるだけでついてこなかったから助かった。
「おい!」
もう少しで家に着く。
少年がそう思っていると後ろから大人の怒ったような声が聞こえてきた。
「お前だ、クリャウ!」
少年クリャウは無視してそのまま行こうとしたのだが首裏を掴まれて引き戻される。
振り返ると怒り顔のパン屋のオヤジが立っていた。
「なんですか?」
「なんですか、だと? お前うちのパン盗んだだろ!」
「はっ? そんなことしてませんよ!」
身に覚えのない疑いをかけられてクリャウは驚いたような顔をした。
「じゃあそれはなんだ!」
パン屋のオヤジはクリャウが手に持ったパンを指差した。
「これは自分で買ったものです! 盗んだものじゃないです!」
「ウソをつくな! お前が盗んだと見ていた奴がいるんだよ!」
「それこそウソだ!」
「パンを返せ盗人が!」
パン屋のオヤジはクリャウが持っているパンに手を伸ばす。
「嫌だ!」
「抵抗するな!」
パンを取られたらもう戻ってくることはない。
クリャウはパンを取られまいと抵抗する。
だが背も低く体つきも細いクリャウが大人の力に敵うはずもなく逃げられない。
「この!」
取られるぐらいなら。
そう思ったクリャウはパンにかじりついた。
取られる前に食べてしまおうと口の中にパンを詰め込んでいく。
「おい! 出せ!」
パン屋のオヤジがぐっとクリャウの腕を掴んだ時には口いっぱいにパンを詰め込んで飲み込もうとしていた。
「この……クソガキ!」
これだけ騒ぎになっても周りの人は遠まきに見るだけで助けにも、止めにも入らない。
それはパン屋のオヤジの相手がクリャウだからである。
パン屋のオヤジはクリャウのことを地面に叩きつけるように投げる。
それでもクリャウは両手で口を押さえてパンを噛み砕いて喉に流し込む。
パンが喉に詰まりそうになるけれど涙目になりながら必死にパンを食べた。
「クソガキ……!」
再びクリャウの首裏の服を掴んだパン屋のオヤジはクリャウのことを無理やり引きずっていく。
向かった先は村のはずれにある大きな穴だった。
「お前なんてここでくたばってしまえばいいんだ!」
子供からしてみればかなり深い穴にクリャウは投げ捨てられた。
「うぅ!」
ガシャンと大きな音を立ててクリャウは穴の底に落ちた。
「いてて……」
何もなかったら危なかったかもしれない。
けれど穴の底には大量の人骨があって少しだけクリャウの落下の衝撃を和らげてくれた。
この穴は墓場だった。
ただしちゃんとしたものではなく、お墓も作ってもらえないような人や魔物と戦ってそこらで野垂れ死んで身元も分からないような人の骨を適当に放り込んでおくための墓とも言えない穴である。
時に放置された人骨が魔物となってしまうことがあるためにまとめて穴の中に入れておいて上がってこれないようにしている。
誰も管理していないので魔物が発生しても分からないような雑な対策だ。
「……高い」
クリャウは穴を見上げた。
子供の身長では到底手も届かない。
日も沈んできて辺りが暗くなっているので穴の縁も見えにくいし例え昼間でも村のはずれにある骨の捨て場所にくる物好きはいない。
脱出を試みようにも暗くなってきて危険が大きい。
クリャウは仕方なく穴から出ることを諦めた。
周りを見ると骨ばかり。
身寄りがなくて死んだりお金がなくて教会が管理するお墓に入れなかったり魔物にやられたのかそこら辺で見つかったりした人たちである。
生きてる間は知らないけれど死ぬ時はあまりいい人生とは言えなかったのだろうとクリャウは思う。
「このままじゃ座れもしないな。申し訳ないけど使わせてもらうよ」
長いこと存在している穴には多くの骨が捨てられている。
骨の上に座らせてもらうことは仕方ないにしてもゴツゴツとした骨の上で座っていればあっという間にお尻が痛くなってしまう。
ただどけるにも長年積み重なった骨がどれだけあるのかも分からない。
見ると服を着たまま投げ込まれている骨もある。
クリャウはそうした服を引っ張り出す。
野晒しの穴の中にあるのでボロボロになって使い道もない布であるけれどいくつか集めて骨の上に置けば多少はクッションになってくれる。
体を縮こませて転がればなんとか寝られそうなぐらいの粗末な寝床が完成した。
「……こんなもの俺だって望んで手に入れたんじゃないのに」
クリャウは右手に魔力を集めて放出させる。
すると手から黒い魔力が出てきた。
赤い魔力は炎、青い魔力は水や氷、緑の魔力は風、黄色い魔力は大地。
魔力は属性に変化させ使う。
魔力だけではただの魔力であり、何かに変化させること無しには意味をなさない。
だが黒い魔力というものはどの属性にも変化させられないのである。
炎も水も風も大地も使えない。
ゆえに役立たずと言われる。
それに加えて黒い魔力は不吉の象徴とまで言う人もいるのである。
かつて勇者と呼ばれた人が白い魔力を持っていて光を操ったと聞く。
それならば黒い魔力は闇を操るのではないかとクリャウは思うのだけど、闇の操り方も分からない。
黒い魔力で大成した人もいないので黒い魔力の扱い方も誰も知らない。
そもそも黒い魔力を持って生まれる人も少ない。
「……こんなもの!」
黒い魔力なんて無くなってしまえばいい。
クリャウは一気に黒い魔力を放出した。
穴の中が魔力で黒く染まり、空中に拡散して消えていく。
魔力の量だけならクリャウは誰にも負けない自信がある。
ただ使えない魔力など持っていてもしょうがない。
ひたすらに魔力を放出していると魔力が少なくなってきたのか気持ち悪くなってきた。
魔力を放出することをやめてクリャウはグッと涙を堪える。
「……お母さん……どうしたらいいの?」
せめて別の魔力だったのなら少しはマシに生活できたかもしれない。
しかし世の中は黒い魔力に対してあまりにも冷たかった。
クリャウは集めた布の上に小さく丸くなって寝転がる。
ぼろぼろの布では骨の硬い感触を防ぎきれていないけれどそれでも多少はマシなのだと思い込むことにして目を閉じた。
堪えきれなかった涙が一筋だけクリャウの頬を伝っていた。
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原初のネクロマンサー〜いかにして死霊術は生まれ、いかにして魔王は生まれたか〜 犬型大 @Samondog
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