第46話 大バカだ

「ドロリスの魂が私の中にあるって……どういうこと!? 以前検査した時は無いって言ってたじゃん!」


「そうだ。以前検査した時も、そして今もお前の心に奴の魂は無い」


「……え? ど、どういう……」


「あくまで私の仮説だが、奴の魂はお前が戦闘時に昂りを覚えた時、または死の危機に瀕した時に目覚める可能性が現段階では有力だ」


「ッ!」


 心当たりがあった。


 一番最初はクリスタと模擬戦をした時だ。気持ちが昂って、絶対に私ではしないような加虐をクリスタに与えてしまった。


 先ほどのミリュエムとの戦闘もそう。死の危機にあり、そしてアドレナリンを実感するほど昂った戦闘だった。その時、私は自分でこう言ったのだ。




【舐めるなよ、私はドロリス・シュヴァルツ。世界を震撼させる闇の魔女だ。この程度の世界で、私を殺せると思うな!】


【舐めるなよ小娘が】


【この程度の炎でドロリス・シュヴァルツを焼き殺す? 下賤の魔法で殺されるなど、万に一つもない!】




 この言葉遣いは他でもない、ドロリス・シュヴァルツのものだ。


 もしそれが、人格を……魂を乗っ取られていたとしたのなら。


 いや、違う。ドロリスに乗っ取られるんじゃない。ドロリスを乗っ取っているのは、私なんだ。被害者ヅラできる立場じゃない。


「黒雛心、もう戦うのはやめろ。いつドロリスに魂を乗っ取られるか分からんぞ」


「あれ、もしかして心配してくれてるの? この体は元々ドロリスのものなのに、ティアラは黒雛心でいて欲しいんだ」


「なっ、そ、それは……その……」


 ティアラは顔を真っ赤にして、それでも強く私と目を合わせた。


「当たり前だろ。黒雛心は私の……その……妻だ」


「ティアラ……抱きしめていいかな」


「ま、またお前は品がな…………な、泣いているのか?」


 私の目からは涙がツゥと流れていた。


 嗚咽はない。ただ静かな涙だ。


 私はクリスタやリュカたちからドロリスを奪い、好き放題してしまった。


 本来私は、ただの死人。だったらドロリスの魂を奪い取るなんてこと、してはいけなかったのだ。たとえそれが私の意思によるもので無かったとしても。


「ねぇティアラ、黒雛心の魂をドロリスに返すことってできる?」


「ッ!」


 ペチン!


 私の右頬に、ちょっとした痛みが走った。


 私をぶったティアラは……泣いていた。私と同じように、嗚咽もせず静かに。


「バカ……バカバカバカバカバカ!」


「ティアラにバカって言われるの、もう慣れちゃったよ」


「今までで1番の大バカだ! お前はいつも、配下や世界のことばかりを考えて、自分がどう思われているかなんて知らんぷりだ。ふざけるな……ふざけるなぁ!!!」


 ティアラは涙を流しながら激怒した。

 こんなに感情を露わにするティアラを見るのは初めてだ。

 私が、ティアラをこうな風に変えてしまったんだね。


 ティアラは私の診察台に乗り、私の胸ぐらを掴んだ。


「他の配下たちのことは知らん。だが私は……私はっ! ドロリス・シュヴァルツと黒雛心なら、後者を選ぶ!」


「ティアラ……」


「抱きしめたいなら抱きしめろ。受け入れてやる。それが証明だ」


 ティアラは両手を広げ、私を待っていた。


 この子を抱きしめれば、私はドロリス・シュヴァルツとしてこれからも生きていくことになる。


 この子を拒めば、私はドロリスに魂を返しEdenを元通りにする。


 私は……私は……


「ティアラ!」


 今度は嗚咽混じりの大泣き、号泣だ。

 ティアラは黙って胸を貸してくれた。時折私の髪を触ったり触らなかったり、ぎこちない動きをしている。





 ごめんドロリス。


 私は自分の気持ちに嘘をつきたくない。


 私はあなたの事も好きだよ。でも……


 大好きなみんなと、ここでお別れするのは嫌なんだ。




「ありがとうティアラ。配下のみんなに、私が黒雛心だってことをちゃんと言おうと思う。どんな反応をされるのか怖いけど、それでももう、嘘をつくのは心が痛いから」


「そうか」


「ドロリスに関しては……」


「安心しろ。私がなんとかする」


「なんとかって……」


「黙って妻を信じろ」


「で、でも」


「うるさい口だ」


「んっ!?」


 ティアラの唇で、私の口は塞がれた。


 そのまま私は診察台に押し倒され、ティアラに見下ろされる。


「……以前言ってたよね。私から襲うことはあっても、ティアラからは絶対に無いって」


「ああ、言った気がするな」


 ティアラは私のシャツのボタンを外していく


 そしてニヤッと、小悪魔のように笑った。


「どうでもいいことはすべて忘れて、今は溺れていろ」


「……うん」


 軋む診察台の音が研究室に響いた。持ち寄った愛は2つ。でも重ねれば1つになった。

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百合ゲーの悪役魔女に転生した私もハーレム作っていいですか? 三色ライト @kuu3forget

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