第44話 魔王級魔法

 木も、家も、大地すらもが、燃えている。ミリュエムが生み出した固有の世界。


 すすの匂いと、肺が苦しくなるような薄い酸素濃度。


 ここは、炎がたける破壊と死の世界だ。


「ダメよドロリス! この世界じゃ、アンタも本当に焼け死んでしまうわ」


「舐めるなよ小娘が」


 ミリュエムの体はビクッと跳ねた。


「この程度の炎でドロリス・シュヴァルツを焼き殺す? 下賤の魔法で殺されるなど、万に一つもない!」


 ……あれ? 私ってこんなことを口走りたかったんだっけ。


 いや、違う。私はミリュエムを安心させたいんだ。ミリュエムの師匠になって、その師匠はミリュエムの全力をもってしても勝てない。その背中を見せることで、ミリュエムを安心させたい。


 でも何だろう、今の感情は。少し黒いような……というか以前にも2度、この感覚は味わっている。


「なら……本当にやるわよ!」


「えっ、うん! 胸を借りるつもりで来なさい!」


 とにかく今はこの世界に注意だ。

 無意識に強がった言葉を使ったけど、神級の固有世界魔法なんて普通に死ねる。


「《イフリート・グレイブヤード》展開!」


「おっ!?」


 ミリュエムが叫んだ瞬間、炎の大精霊イフリートのミイラのようなものがそこかしこで現れた。

 目は空洞で、体の一部は切れて切断されていた。しかしそこから炎が吹き出している。


 イフリート・グレイブヤード。直訳すると『炎の大精霊の墓場』


「イフリートたちよ、ドロリスを焼き尽くせ!」


「「「ガ……ア……」」」


「ちいっ!」


 さすがに本物の大精霊よりは弱体化されているが、使う魔法は崩壊級魔法だ。直撃すれば普通に死ぬし、掠っても大火傷。


 その上……


「甘いわよ! 《紅炎》」


 ミリュエム自身もこの世界限りで崩壊級魔法を使ってくるようだ。


 迫り来る炎。逃げても逃げても火炎に追われ、その上世界そのものが炎に包まれているため、酸素が薄く走っているだけで疲弊する。ついでに少し、火傷も負った。


 ……あんまりやりたくなかったけど、あの手しかないか。


 固有世界魔法には弱点が2つある。発動時の魔力消費が激しい上に、世界展開中はずっと魔力を消費し続けること。そして内側から超巨大なエネルギーをぶつければ世界が壊れること。


 つまり、この世界を壊す一撃を与えればいいのだ。しかも時間が経てば経つほど、ミリュエムの魔力は減っていき世界は脆くなっていく。


 推定だけど、あと5分。あと5分耐えれば、あの魔法でイフリート・グレイブヤードをぶっ壊せる。


 ただ……


「燃えろぉおおお!」


 次々に襲いかかってくる崩壊級魔法たち。5分耐える、それが一番難しいのだ。


 あんまり魔力を消費したくはなかったけど仕方がない。


「《アマテラスの羽衣》」


 もちろん神級魔法だ。


 太陽神たるアマテラスの羽衣には、炎への耐性がある。魔力消費は激しいが、背に腹はかえられない。これで5分なら凌げるはずだ。


「くっ……当たってるのにどうして!」


「ドロリスは凄いでしょ。ミリュエムの師匠は、ミリュエムの全力でも倒せないよ!」


 それを示すために、今頑張っているのだ。


「まだ……まだだぁぁあ!」


「なっ!?」


 威勢よく魔法を放っていたイフリートたちのゾンビやミイラが一転、示し合わせたように一点に集中した。


 そして、


『炎の墓に眠る大精霊よ、墓守の命を糧にその命、刹那の復活を遂げよ!』


「おいおい冗談でしょ?」


 ゾンビたちは重なるように融合し、欠損していた肉体たちを補った。

 そして生まれた、至高の一体。


 隆々とした筋肉は真っ赤に染まっており、炎よりも血の色に感じる。

 大きく鋭い日本の角が生えた牛のような頭部は威圧感と死を実感させ、本能的に震え上がる。


 大精霊、イフリートの擬似降臨である。



 やばいやばいやばい! あと3分だけど、3分生き残れるかこれ!


「グオ……ドゥオオオオッ!」


 拳を振り上げただけで辺りの空気が発火する。なんという超常現象だ。


「くっそ! 《タイタンの剛拳》」


 ドロリスの神級魔法でやっと相殺できるレベル。

 大精霊、やはりまともに戦ったら世界が半壊するという試算は間違ってなかったみたいだ。


「《イカロスの翼》 《ゼウスの雷》」


 神級魔法を惜しみなく使う。そうでないと死ぬから。


 でもあの魔法を使うには相応の魔力が必要だ。

 くっそ、これ以上は無理だ。


 あと30秒。イフリートから逃げつつ、私も詠唱を始めなければ。


『総じて70億の人類に告ぐ言葉は、大蛇の憤怒。この世すべてを飲み込むほどの怒りよ、憎しみよ、増幅し魔力に替えこの身に興じよ』


 イフリートの炎を 《アマテラスの羽衣》で弱めながら、逃げる。逃げる。逃げる。


 逃げながら、詠唱を続ける。


『耐え難き苦痛に反転し、赤竜の如き身に魔力を賭して、我はこの極大魔法を放とう。その名はっ!』


大魔王サタン憤怒ヴァルクルク


 刹那、ドロリスの魔力が一気に練り固まり外へ放出される。


 たった一撃。大量の魔力と長ったらしい詠唱からは想像もできないほどの一瞬の魔法だ。


 しかしその一瞬は、世界すら壊す一撃を内包していた。


「な、なに!? 何なのよ!?」


「私の固有魔法だよ。魔王級魔法って呼んでる。神級を超えた、破壊の力さ」


「そんな…… 《イフリート・グレイブヤード》が壊れていく……」


「ミリュエム、貴女は今日から私の弟子だよ。愛する人を傷つけない、魔法の使い方・力の使い方を覚えていこう」


「……うん、これを壊せるドロリスの言葉なら、間違いないわ」


「そりゃ、良かった」


 刹那、バリバリバリという音と共にイフリート・グレイブヤードは壊れた。


 目の前の景色が開けた草原に戻る。あれだけの衝突にも関わらず、現実世界にはいっさい影響がないのが固有世界魔法の特徴だ。


 ミリュエムは、私から少し離れたところで意識を失っていた。典型的な魔力切れだ。


 と、いっても……


「こっちももう、限界だよ……」


 私は前から倒れた。ミリュエムを……村に送らないと……なのに……。

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