第43話 怪童

 私はミリュエムから50メートルほど離れたところで立ち止まった。

 ミリュエムにはこう伝えてある。

 全力で私を殺すつもりで魔法を使ってみて、と。


 天啓を受けたミリュエムが今現在どのレベルなのか、知っておく必要があるのだ。


「行くわよドロリス! 後悔するんじゃないわよ!」


「いつでもどうぞ。くれぐれも本気でね」


 ミリュエムは思いっきり手を伸ばした。


「《双炎槍!》」


 刹那、炎の槍が2本、私に襲いかかってくる。


 いきなり上級魔法とは。でも


「えいっ」


「あっ!」


 ギリギリで上に飛べば、回避は容易だ。

 しかも上からなら……


「《月輝の弓》」


 攻撃も容易い!


 月のように輝く矢は直線的にミリュエムの元へ向かっていく。


 ミリュエムはどうしようと迷った挙句、右にダイブして何とか回避に成功した。


 ……まさかあの子。試してみる価値はあるか。


「ミリュエム油断しない! 《小閃光》」


 今度は光の球がミリュエムに襲いかかる。さっきの弓矢と違い、今度はホーミング性能がついているので逃げたって追いかけてくる。


「はぁ、はぁ、ちょっとドロリス、もう無理よ!」


「……うーむやっぱりか」


 私は指パッチンをし、《小閃光》を消した。


「ミリュエム、もしかして防御の魔法が使えないんじゃない?」


「……そうよ。攻撃の魔法はすぐ使えるようになるのに、防御の魔法はでんでダメなの。ねえドロリス、アタシの何がいけないの?」


「魔法の習得は、本人の性格にも左右されるというからね。ミリュエムはちょっと勝ち気だから、攻撃に寄ってるのは頷けるよ」


「じゃあ、一生アタシは防御魔法を使えないままなの?」


「そんなわけないよ。なんなら、今教えてあげよう」


「え?」


「《双炎槍》を放つ前の状態まで準備して」


「こ、こうかしら?」


 ミリュエムの手には轟々と燃える炎の槍が2本握られている。


「じゃあその槍を重ねて一本にしてみて」


「槍を……重ねる……」


 本当はこんな簡単な話ではない。普通はもっと繊細なことを伝えて、さらに長い期間の訓練を経ないと暴発するけど、ミリュエムの才能なら……


「うん、できたわ」


 やっぱり、これくらいは問題にすらならないようだ。


 ミリュエムは一本になった槍を不思議そうに見つめていた。でもすぐ何かに気がついたような顔をした。


「ねえ、もしかしてこの槍を丸めたら、盾になるんじゃないかしら」


「合格。さすがミリュエムだ」


《双炎槍》は、合体させると大きな一本槍になる。槍の才能があるものはそれで戦ったりするが、普通の魔女はその槍を丸めて、中規模な盾にする。


 元から上級魔法の 《双炎槍》が盾になっているのだ。並大抵の魔法なら燃やし尽くしてしまう。


「ミリュエムの防御魔法が一つできたね」


「すごい、すごいわドロリス!」


「すごいのはミリュエムだよ。さぁ、もっともっとミリュエムの本気を見せて」


「いいのね? もう手加減しなくていいのね?」


「手加減……?」


「思いっきりやれる! ドロリスはすごいわ! アレを使っても絶対に死なない!」


「ちょ、ちょっと待ってミリュエム。何をする気?」


『我は紅世に灯を残す者。この世すべての炎は命に通じ、神々は命に炎を吹き込んだ。その鍵の依代はこの身。捧げた命の炎は、我を誘わん!』


 詠唱!? Edenで詠唱ありの魔法なんてほとんど無かった。唯一、アイリスが使用したスマイルワールドという固有魔法だけである。その魔法は、みんなを笑顔の世界に閉じ込めるというもの。ファンはそれに、固有世界魔法と名付けた。


 しかもミリュエムの詠唱には『神』とついていた。神級の、固有世界魔法。


 ミリュエムあんたは……いったいどんな化け物なのさ!


『いざ鍵よ、開け! 《イフリート・グレイブヤード》』


 瞬間、この辺り一体がすべて飲み込まれた。




 次に目を開くと、そこは何もかもが燃えている土地だった。


「熱っ。火の粉が……」


 そこかしこでパチパチと音を立てている。木が、家が、大地すらもが、燃えている。


 現実の世界には影響しない。これはミリュエムが作り出した世界だから。それでもこの熱量、とんでもない魔力を消費しているはず。


「ドロリス」


「ミリュエム!」


 この世界の創造主、ミリュエムはいつもの黒髪お団子ヘアから炎に包まれた紅蓮の長髪へと生まれ変わっていた。その見た目、まるで神様だ。


「これが私の全力だよ。どう?」


「す、すごいよ。正直言って、神級魔法の固有世界魔法とは思いもしなかった」


 ドロリスですら至らなかった境地。

 そこにミリュエムはたどり着いたのだ。たったの齢10歳で。


「ここではね、どんな魔法でも炎になるの。やってみて」


「…… 《水球》」


 私の放った 《水球》は炎に包まれ、一瞬で蒸発した。


「怖いよドロリス。こんな強い力」


「そう……だね。怖いと思う」


 私がミリュエムに手を伸ばした、その時だった。


「動かないで!」


「ッ!」


 ミリュエムの大声に気圧され、私は手を引っ込めた。


「本当は分かってる。アタシは手にしてはいけない力を手に入れてしまったんだ」


「ミリュエム……」


「ドロリス、アタシはどうしたらいい? いつかこの力で村のみんなを怖がらせるのが怖いの!」


 そうか、だからこの魔法で死なないという実績が欲しかったのか。


 いけるか……怖いけど、やるしかない。


「いいよミリュエム。殺しにきな」


「え?」


「舐めるなよ、私はドロリス・シュヴァルツ。世界を震撼させる闇の魔女だ。この程度の世界で、私を殺せると思うな!」


 ミリュエムを安心させてあげるために。

 ミリュエムを導いてあげるために。


 私がここで、全力でミリュエムをぶっ倒す!

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