第39話 アルシュ・ドラグニール

 ウィットリア公国の西側地区にあるリンド村は、大きな川が流れていることで冬でも乾燥とは無縁だった。


「いい風、いい朝だねえ」


「ドロリス様、ベランダに足を掛けるのは……その……」


「いいじゃない、誰が見ているわけでもないんだし」


「わ、私が見ています! それにドロリス様は今スカートなのですよ!?」


「ほほーう、めざといねクリスタ。むしろスカートだからいいんじゃないかな?」


「も、もうドロリス様ったら!」


 顔真っ赤にしちゃって。可愛いんだからもう。


「こんなのどかな日は、このまま何も起きないで〜ってお願いしたくなるね」


「そうですね。引っ越しから忙しかったですが、最近息をつく暇も生まれてきましたから」


「いいよ〜スローライフ始まってるよ〜」




 チュドーーーーーーーン!!!!




 ……思えば、今の会話すべてがフラグだったのかもしれない。


 突如襲ってくる衝撃波・突風・地揺れ。

 間違いなく、厄介事だろう。


「ドロリス様、お寛ぎのところ申し訳ありませんが……」


「分かってるよ! もう、せっかくスローライフが始まったのに何だってんだ!」


 幸い民家や田畑に大きな被害はなさそうだ。リンド村が開けた土地を多く待っていて助かったね。


 しかし何が落ちてきたというのだろう。隕石か、はたまた魔法で遠距離攻撃でもされたか。警戒しておくに越したことはない。


「うぉぉぉい! 何だ何だ今のは!」


 リンド村三役の一人、農耕担当の若頭が慌てふためいている。名前は確かカルロスだったか。


「カルロスさん危ないので家に避難してください。落下物の正体は私たちで突き止めます」


「ふ、ふん! 言われなくても……言われなくてもだ!」


 言われなくても逃げる、は恥ずかしくて最後まで言えないらしい。変なプライドは捨てれば楽なのに。


 とまぁカルロスのことは置いといて、


「クリスタ、付いてきてくれる? あと冥血城に非常事態レベル1の宣言を」


「かしこまりました。みなさん聞こえていましたね。冥血城非常事態レベル1です。すみやかに各自与えられた任を全うするように」


 冥血城にはトラブル時の対応のためにある程度のマニュアルが存在する。それまでしっかり把握しているとは、さすが私。


 さて冥血城からクリスタと飛び出して落下物へ向かうけど……なんか一生煙出てるな。これが変なガスで、村に充満したらみんな死んじゃうとかやめてよ?


 ティアラも連れてくるべきだったと後悔しつつ、とにかくガスを払うために魔法を使った。


「《無生旋風》」


 風のないところでいきなり旋風を巻き起こせる魔法。もちろん上級だ。


「あーあー、かなり深いクレーターに……」


 地面が深く抉れているのを確認した瞬間だった。


「ばあっ!」


「ドロリス様!」


 クリスタも追いつけないスピードで、赤い何かが飛び出してきたのである。


「ぐっ!?」


 それは私に爪を立て、肉を抉らんとした。しかし私の 《自動防御》魔法により弾かれてしまう。


 あっっぶねぇ! マジでドロリスじゃなきゃ今の死んでたよ!

 っていうか、こんなことをクリスタの目にも止まらぬ速さでできるのは……


「何してんの、アルシュ・ドラグニール」


 アルシュ・ドラグニール。

 何だか先日思い出したばっかりな気がする、ドロリスの配下の1人だ。


 現在はアラン帝国での監視を命じているはず。なぜここに?


「おうおうおう! 久しぶりなのに冷たいではないかドロリスよ!」


「挨拶代わりに殺しにくる子に、人の温かさについてとやかく言われる筋合いはありません!」


「なんじゃつまらん。これなら銀髪を狙えばよかったか」


「く……アルシュ・ドラグニール……」


 クリスタは苦い顔でアルシュを睨んだ。まぁもうみなさん察しての通り、クリスタはアルシュも苦手だ。またアルシュも、クリスタのことが苦手である。


 何を隠そう、クリスタはアラン帝国の出身なのだ。アラン帝国では幾つもの武勲を立てたクリスタだったけど、現皇帝アラン5世に裏切られてしまう。そこから放浪して、ドロリスに拾われるわけだね。


 そんなアラン帝国で守り神のように扱われているのが、このアルシュ・ドラグニールという少女だ。


 少女といっても、その正体はドラゴンだ。今でこそ小さな体に燃えるような赤髪ツインテールとワンピースというYESロリータノータッチな見た目だけど、本来の姿はかなり威厳あるドラゴンなのだ。


 守り神といえど所詮は戦好きなドラゴン。秘密裏にドロリスと決闘をし、ドロリスが勝利したことで軍門に下る。

 今では4大国随一の軍国家、アラン帝国のスパイとして活動してもらっている。


「アルシュ、何でここに来たの。アラン帝国はどうしたわけ?」


「お前の配下から文を貰っての。何でも引っ越したそうじゃないか。引っ越しといえば、祝いじゃ!」


「はあ、そんなこったろうと思った」


 アルシュは深く物事を考えたりはしない。獣のように、今の本能に従って生きているのだ。


 だから、今クリスタが心に傷を負ったことなんて知りもしないだろうな。


 っていうか……


「アルシュ、登場が派手すぎるんだよ! もう〜! また整地しなきゃじゃん!」


「むぅ?」


 人への迷惑。これもまた、アルシュが考えられないことなのだ。祝いって何をする気なのかわからないけど、もうすでに頭痛いよ〜。

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