第38話 配下たちの成果

「ドロリス様、この身に少々お時間を頂けませんでしょうか」


 とある日の朝。私は名も知らぬモブ配下さんに声をかけられた。彼女は白布を被せたザルを持っており、何かの作業後であるのは明白だった。


「そんなに畏まらなくていいよ。それで? なんの用事?」


「はい、こちらをドロリス様に召し上がっていただきたく」


「おお!」


 モブ配下さんはザルに被せていた白布を取り、薄ピンク色の球体を2つ、私の視界に映らせた。


 その正体は確認しなくてもわかる。桃だ。

 おそらく、私たちが引っ越し後に初めて農場で収穫したものを献上した、という形なのだろう。


「ってあれ? 今の季節に桃?」


「はい、魔法を使い温度・湿度・日照条件を調節し、季節関係なくどんな作物も育てられる。ティアラ様の発案によりできた試作品でございます」


「なるほどねー」


 今この世界は11月下旬か12月上旬といったところだ。そして桃の旬は7月あたりだったはず。ということは、とりあえず育てる部分は成功というわけだね。あとは味の確認と。


「おっけー! 食べたいからみんなを呼んでくるよ。悪いんだけど剥いておいてもらえるかな?」


「当然でございます。我々のわがままでございますので。では」


 しゅん……とモブ配下さんは影の中へ消えていった。


 さーてさてさて、エスメラルダは授業だろうし、クリスタも剣術指南をしているはず。ちなみにクリスタの剣術指南は村の若い男たちを中心に話題になっている。そりゃあんな美人が講師だからね、話題にもなるよね。


 しかし無情にもクリスタには意中の相手(私)がおり、それ以外は眼中にない。残念だったな!


 さて本筋から逸れた。じゃあいま暇なのは……




「というわけでリュカ、桃食べない?」


「嬉しいけど、暇人扱いされるのは癪なのだけれど」


「実際暇でしょ? 強がる必要ないって」


「あ・の・ね! 私だって一応たまに外に出て、近隣の村の状況を調べているのよ? 平和なウィットリア公国とはいえ攻められたら戦場に早変わりだもの」


「なるほど、近隣の村娘で味見をしているわけか」


「ぎくっ」


「まぁ、清濁併呑ということで。じゃあリビングに集合ね」


「ティアラなら桃を食べに集まらせるんじゃなくて、桃を持って行った方がいいと思うわよ」


「……確かに」


 あの研究の虫のティアラが、ここ最近農業協力や温泉でよく外に出てくれていた。

 久しぶりに研究に没頭させてあげるのが、良妻としての役目かねえ。


「じゃあリュカと2人で食べますか」


「他の幹部たちも冥血城に遊びに来たらいいのに」


「仕方ないよ。大陸南方まで来ちゃったし」


 時折匂わせてはいたが、ドロリスにはまだまだ配下がいる。それもモブではなく、しっかりと名前のあるネームド配下だ。


 Eden本編では各所にドロリスの手がかりがあり、アイリスがそれを探すため要所を回る。その際戦うのが、幹部たちなのだ。


 会いたいな〜、ドラゴン娘のアルシュとか、天界と繋がっている堕天使ルシファンとか。


 じゃあ彼女たちが何をしているかというと、ひと言に言えば彼女たちにしかできない仕事をしている。


 ドラゴン娘は龍として4大国の一つ、アラン帝国の監視(クリスタの故郷でもある)

 堕天使ルシファンは天界がドロリスにちょっかいをかけてこないよう政治的に立ち回ってもらっている。


 他にもいるけど、とにかくわかりやすく個別の仕事を与えているのだ。会えるのは、当分先かな。とはいえアイリスに討伐されることはない世界線なので、いつか会えるでしょと楽観してる。


 と、そんなことより今は……


「桃だよ桃! 早く食べたい!」


 単に桃が食べたいのもあるけど、何より私の配下さんと村人たちが一生懸命手を取り合って作った成果なのだ。早くそれに報いてあげたかった。


「おっす〜桃食べに来たよ〜」


 リュカとリビングに訪れるも、人の姿はなかった。まぁ、気配で6人モブ配下さんたちが影に潜んでいるのは分かるんだけどね。


 テーブルの中央に剥きたての桃とフォークが置かれていた。


「じゃあドロリス、頂いちゃいなさい」


「そうね。いただきまーす」


 毒見役ともいう。主人が毒見役とはこれいかに。しかし毒耐性最強なのはもちろんドロリスだ。仕方あるまい。


 桃を一切れフォークで刺して、ゆっくり口に運ぶ。


「んっ!」


「ドロリス!? どうかしたの!?」


「こ、こりゃ美味い! 人生で一番美味しい桃だよ!」


「な、なんだもう……びっくりするじゃない」


 口に入れた瞬間ひんやり冷たい桃の触感に、柔らかく、繊維を感じない自然体な桃の食感。そして何より、上品な甘み。

 ストレスなく育てられた桃なのだろう。たぶん。農業については素人だからテキトー言ってる。


「とにかくリュカも食べてみなよ」


「それじゃあ一つ……んーー! 甘いわね!」


「この成果は大きいよ。冥血城一味とリンド村が、お互いにメリットを出し合えると証明できたんだから! ありがとうね、ここにいないみんなにも伝えておいて!」


 私は影に潜るモブ配下たちに感謝を述べた。するとみんな動揺するように魔力が揺れ動くのだから面白い。


 ちなみにティアラに持って行ったところ、「忙しいんだ」と言いつつ口にした彼女は、黙って二口目、三口目を食べた。


 ツンデレめ。

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