第34話 初授業は質問攻め?
「うぅ……緊張して吐きそうです」
「大丈夫大丈夫。初日は私がいるからさ。それに相手はほとんど魔法について無知だから、エスメラルダの方が魔女として格上だよ、胸張ってOK!」
私はティアラに許可を得て、冥血城のカンファレンスルームをリンド村の住民への魔法学校として開校した。
その講師はエスメラルダ・マーデシカ。といっても威厳はなく、今もぷるぷる震えて緊張が体から漏れ出ている。
モブ配下といえど、ドロリスの配下だ。エスメラルダでも4大国の魔法軍部の班長くらいなら倒せるほどに強い。
が、いかんせん自信がないのか、エスメラルダは白いモコモコの髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしって気を紛らわせていた。
「頑張れエスメラルダ〜」
「う、うぅ……」
一応これはエスメラルダの出世道なんだけどなあ。モブ配下を抜け出すチャンスなんだけど……本人にそのやる気があるのかどうか。
「来たわよ!」
「あ、ミリュエムだ」
そう言ってる間に第一生徒がやって来た。勝ち気な顔と褐色肌に黒髪お団子ヘアスタイルは一度見たらそうそう忘れない。
ミリュエムは私が恨めしいのか、一度私を睨んで教室へ入っていった。瞬間、シャキン! という刀の金切り音が天井から響いた。
「……クリスタ、覗きは趣味悪いよ。どうせなら堂々とこっちおいで」
「ど、ドロリス様っ!?」
バレてないとでも思っていたのか、クリスタは虚をつかれたように天井裏から忍者の如く現れた。
「どうしてクリスタはこう、何というか不器用なのかねえ」
「なっ、心外ですドロリス様! 私はただ……」
「分かってる分かってる。無礼者ー! でしょ?」
「うっ……」
わかりやすい子だ。不器用で空回りしがちだけど、忠義者だからなあ。頭撫でとこ。
「あのー……」
「失礼しまーす」
「おっ! いらっしゃいいらっしゃい!」
生徒第2号・第3号!
そして次々と生徒たちは集まって来た。人が増えるたびにエスメラルダ先生は白目を剥いてしまっているが、じきに慣れるでしょう、きっと。
約束の開講時間には、8人の生徒でカンファレンスルームは賑わっていた。その中心にいるのはやはり元から魔女の素養を持つミリュエムだった。
にしても子どもだけかと思ったけど、大人も2人いる……たぶん農耕用に学びたいということかな?
「よし、じゃあエスメラルダ先生お願いします」
「ふ、ふええ!? 先生だなんて恐れ多い……」
「この教室ではエスメラルダが先生だよ。さぁ生徒を待たせない!」
「きゃあ!?」
私に背を押されながら、エスメラルダは教壇に立った。
「小さいわね。ちゃんとアタシに授業できるの?」
「ひぃ!」
威圧したのはやはりミリュエムだった。エスメラルダは気圧され、涙目になってしまう。
「でも先生、ちっちゃくて可愛い〜」
「その点ではミリュエムちゃんと同じだよね。強いけど、小さい」
「ち、小さい言うな!」
……ははーん、ミリュエムの村での立ち位置が何となく理解できたぞ。
見たところここに集まった生徒で一番若いのはミリュエムだ。母のテレサ曰く、10歳になったばかりだという。
そして今ミリュエムを可愛がった生徒は14歳ほどに見える。つまり、ミリュエムは魔女の素質がありながら村の妹的存在でもあるようだ。
さて、エスメラルダは話を回すのは無理だろう。初回は私が手伝うと約束した。それは果たしておこう。
「今日はエスメラルダ先生の紹介をしたいと思います。私が先生にインタビューしていくから、質問ある子はどんどん私を通してエスメラルダ先生に聞いてみよう!」
「え、ええっ!?」
「じゃあ早速私から! ずばり、お風呂ではまずどこから洗う?」
「な、何なんですかその質問は……」
「答えて!」
「ぴぃ! み、右腕からです……」
「パンツの色!」
「白です!」
「とまぁ私を通せば何でも答えてくれるから、質問攻めしてみて!」
私のパフォーマンス(?)により、生徒たちは「何でも聞けるぞ」というムードになった。
これは生前の経験が役に立ったね。年の近い先生だと、どうしても質問攻めしてみたくなるのだ。教育実習生とか、結構困らせた記憶がある。
「はーい! エスメラルダ先生は彼氏いますかー?」
何気なく飛んできた質問だが、王道すぎるね。でも一周まわって好きだ。
「ふええぇ!?」
「はい、どうなのエスメラルダ!」
「い、いませんよー!」
「あ、じゃあ彼女は?」
「じゃあって何ですか!? いませんいませんいませーん!」
おお、エスメラルダが恥ずかしさで盛り上がってきた。フィーバータイム突入かもしれない。
「先生ブラの色は?」
「先生髪の手入れどうなってるの?」
「先生おっぱい大きくない?」
……とまぁ、約1時間にわたる超質問攻めにより、エスメラルダは抜け殻のようになってしまった。
「はいじゃあ質問はここまででいいかな? 次回から普通の授業を……」
「待って!」
「およ?」
手を挙げたのはここまで質問を投げてこなかったミリュエムだった。その眼差しは、やけに真剣だ。
「先生、あなたの得意な魔法を一つ見せて欲しいわ」
「ふぇ?」
「あなたがアタシの先生として相応しいかどうか、見ておきたいの」
……ふふ、期待通り。この質問を待っていたんだ。
これで、エスメラルダの威厳を生徒たちに見せつけられる。親しみを持てながらも、舐められない関係。この構築は意外と大変なのだ。
「ドロリス様、どうすれば……」
「7割くらいの力で教室や生徒に危害のない魔法を使って見せてあげて」
「わ、わかりました」
さすがドロリス配下。理解が早い。
「これが私の得意な魔法です」
エスメラルダは手を合わせ、そしてゆっくりとその手を離していく。
バチ、バチチ、バチチチチチチチッとエスメラルダの手の間に雷が生まれた。
超上級魔法 《アクセス・ライトニング》か。完成度はそこまで高くないけど、その領域に至っているのは素晴らしいことだ。
エスメラルダは雷球から雷の閃光が放出されないよう慎重に保ちながら、生徒たちを見つめた。
「ほ、本来この魔法は雷球から無数の閃光を放ち、大軍を討ち滅ぼすために使います。ですが雷球の形を維持したままにしておくと、10年は取り替え不要な灯りになったりします。応用です」
素晴らしい、いい授業だ。
みんな、ミリュエムも含めて、エスメラルダの話を聞き入っている。
エスメラルダは雷球を消滅させ、微笑む。
「魔法は便利なものです。でも使い方次第で人を不幸にします。わ、私は未熟な人間ですが、その力の使い方をお教えしたいと思います。どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げたエスメラルダに、生徒たちは誰が主導するわけでもなく拍手を送った。
うん、教室はエスメラルダに任せて大丈夫そうだね。
いま恍惚とした表情を浮かべてエスメラルダを見つめるミリュエムも、きっと真剣に学んでくれるはずだ。
こうして第一回魔法授業は終了した。もう誰も、エスメラルダ先生のことを疑う者はいなかった。
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