第33話 素敵な女
リンド村三役、魔女のマリアンヌの娘であるミリュエム・マリアンヌによる奇襲は、なんとも可愛らしいものであった。
といっても、被害者である私がドロリスの体であるから可愛らしいなぁと思う余裕があるだけで、普通の人間だったら余裕であの世行きだ。
それほど魔法というものは強力で、使用者には責任が伴う。それをこのミリュエムという推定9歳〜11歳ほどの少女は理解していないようだ。
しかしそれも仕方ないこと。だって魔法を、魔法の使い方や責任を、教えてくれる人がいなかったであろうから。母のマリアンヌでさえ、魔女としては2流どころか5流以下。
ならばこの子を、冥血城で今後開く予定の魔法学校の生徒第一号にしてしまえばいい。
「やぁぁ!」
黒髪をお団子にした褐色肌のミリュエムは、何とかの一つ覚えのように下級魔法の 《火球》を撃ち続けてくる。
こんな魔法、ドロリスにしてみれば防御してもしなくても同じ。無意味な魔法だ。でも生徒の勧誘のためなら、少しは凄みを見せた方がいいかもしれない。
「《アルテミスの盾》」
アルテミスといえば弓。しかしEdenではアルテミスの名を盾につけた魔法が存在する。
突如夜のリンド村に現れたのは、燦々と輝く黄金の盾。
小娘の 《火球》は 《アルテミスの盾》に触れる前に、盾から漏れ出る金色のオーラでかき消されてしまう。
「うっ……」
「実力の差は理解したかな?」
「まだ……まだよっ!」
おお、まだ目が死んでない。それどころか燃えているね。
「アタシのとっておき!」
「!!」
ミリュエムは 《火球》を両手に生み出し、そしてパンッ! と手を叩いた。瞬間、燃え盛る大火は渦を巻き、上へ上へと伸びていった。
「中級魔法 《火界炎》か。やるなぁ」
10歳前後の少女は本人の身長すら超えた魔法に殺意を込め、いざ! と私に放り投げた。
なかなか上質な魔法。これで《アルテミスの盾》が活躍できるね〜。
と思った瞬間、空から降ってきたワインレッドの閃光に目が眩んだ。
「リュカ!?」
「これ以上ドロリスへの狼藉を働くなら、私だって黙ってないわよ」
確かに 《火界炎》であればドロリスの体でもプチ火傷くらいは起こすだろう。
過保護な配下はパックリと割れたスリットから黒く細い尻尾を生やした。その先はハート型になっており、本人に言えば怒るが、ハーフサキュバスというのも納得の代物だ。
「《ハート・ウェーブ》」
尻尾をジバリング……要は小刻みに震わせることによる空気振動で魔法から身を守る魔法だ。
リュカの固有魔法。生で見るのは初めてだから、ちょっと興奮する!
「そ、そんな……アタシの……ま……ほ……」
バタン、とミリュエムは倒れてしまった。
「魔力切れだね。といってもこの子……」
《火球》を何発も放ち、あまつさえこの歳で 《火界炎》すら発動できる。
ドロリスの目は魔女の才能を見抜く力があるけど、この子はリンド村三役の母よりよほど才がある。もし良き指導者に育てられたら、一級の器だ。
「リュカ、この子の匂いからお母さんを探して。家まで送り届けるよ」
「甘いわね最近のドロリスは。昔ならこんな無礼者、見せしめに磔にしていたじゃない」
「はは……」
笑えねえ。本物のドロリスなら本気でやりかねん。
リュカの鼻を頼りに、ミリュエムを母親の元へ届けた。余談だが、母親の名前はテレサ・マリアンヌというらしい。
騒ぎにならないか、余計な疑いをかけられないか心配したけど、ミリュエムの性格を一番に理解しているテレサは何が起きたのか察したようだった。
「テレサさん、娘さんには極上の才能があります。ぜひ私たちの手で育成させていただけませんでしょうか」
「……あなたたちを信頼したわけではありません。特にドロリス・シュヴァルツ。貴女の悪名は私でも知っているほどに残酷なものだもの」
「無礼者ね。よくも目の前で……」
「はいリュカ落ち着いて」
「でも、初めて話をして印象が変わった。柔らかく、温かい。とても噂に聞いていたドロリス・シュヴァルツとは違っていた。ミリュエムもこうして丁寧に送り届けてくれたわけだし」
「それで、答えは?」
褐色肌の黒髪麗人は、深々と頭を下げた。
「……お願いします。この子の才能は私では伸ばしきれません。どうか貴女の叡智、この子に与えてくださいませ」
「はい、お任せください」
が、顔を上げたテレサは殺気を浮かべていた。
「もしこの子に何かあったら、私はこの命を投げ打ってでも貴女に一矢報います。ゆめ忘れないように」
「……母の愛、ですね。もちろん、大切に育てますよ。生徒第一号ですから」
「あー! もう!」
テレサとミリュエムの家を出た瞬間、リュカが吠えた。
「ど、どしたの?」
「当初の目的を忘れていないかしら!? 夜景を見ようって話だったじゃない」
「あーー」
忘れてた。うん、言い訳のしようがないほど忘れてた。
ふと、空を仰いだら自然と私の口角が上がった。
「リュカ、空を見て」
「え? 空が何だって……」
リンド村からは、大陸北側ではあり得ないほど綺麗に、星々が観測できた。
私は気を遣ってリュカをそっと抱き寄せた。甘い甘い香水の匂いが鼻を撫で、ほんのり官能的な気分になった。
リュカはワインレッドの髪色と同じくらい頬を赤く染め、黙って星を見つめている。
「ドロリス、貴女本当に変わったわね」
「そう? まぁそうだろうね」
「最初はおかしな気分だったけど……今の貴女、素敵だと思うわ」
「リュカ……そりゃどーも」
ありがたい言葉だね。
心のどこかで、この子たちからドロリスを奪ってしまったと考えることもあった。
リュカの言葉は本当に沁みたよ。リュカも本当、素敵な女だと思うぜ。
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