第31話 引っ越し交渉

「ど、ドロリス様ご紹介いたします。こちらウィットリア公国のリンド村三役です」


 三役……つまり権力を三分しているわけかな? 三権分立的な。ルソーだったかモンテスキューだったかロックだったか。公民のその辺に載ってた気がする。


「こんにちは。私は冥血城の……主の妻です」


 どう言うか迷って、事実を述べた。するとクリスタが慌てて耳打ちをしてくる。


「ドロリス様が主ということでいいではないですか!」


「いやだって嘘はつきたくないし」


 Edenの設定を捻じ曲げるわけにはいかないね。ドロリスになって好き放題やって、今さら何をと思われるかもだけど。そこは私の大切なラインなのだ。


 さて話を聞くと、エスメラルダが連れてきた3人はまさにこの村の代表らしい。


 ・村長として顔役をやってるおハゲなお爺ちゃん

 ・農耕代表という、市場と交渉するおっちゃん男性

 ・魔法担当という、東側に対抗するための若い女性。その肌は健康的な褐色であり、魔法使いが持つ聡明さよりも明朗快活さを全面に出していた。その肌に流れる黒髪はよりセクシーで、なるほどこうしたエロスもあるのかと私は唸った。


「ドロリス様、さっきからあの女性ばかり見ていませんか?」


「すみませんでした」


 唸りすぎたらしい。反省反省。


 さて、彼らにとって私たちは突然城ごと現れた怪異のようなものだろう。早速村長が口を開いた。


「貴女方はここに侵略に来たのですか?」


「いえいえ。ただちょっとこっちも訳ありでして、住む土地をお借りしたいなーと」


「ふん! 騙されんなよジジイ。こういう魔法使いは平然と嘘をつくんだ」


「ちょっと、魔法使いへの侮辱は許さないわよ!」


 あら、喧嘩が始まった。


 話が進まないと厄介だね。あとクリスタが今にも抜刀しそうだから、私がなんとかしないと血が流れる。


「急に転移してきたことは謝罪します。申し訳ありませんでした」


「ドロリス様!? 頭をお上げください!」


「ドロリス……ドロリスって、あのドロリス・シュヴァルツ!?」


 クリスタめ……もう少し時間をかけて打ち明けようと思ったのに。


 魔法使いの女性は当然のようにドロリスのことを知っているようだった。顔は恐怖に怯え、瞳から涙を流している。


「お、おいどうしたマリアンヌ。お前らしくねえ」


「ば、バカ! そこにいる魔女はね、世界最悪の魔女として北方4大国にも恐れられている魔女なのよ!」


「ほ、北方4大国にも!?」


「なんとっ……」


 あー、話の主題がドロリスになっちゃった。改めて影響力やばいな。


 しかしまあ、もちろんこうなった時の交渉パターンも用意している。ゲームではたくさんの選択肢が出るでしょ? あれを想定しておくのは、ゲームを嗜む者として当然なのよ。


「落ち着いてください。私は何も侵略に来たわけではありません。失礼ながら、こんな小さな村を侵略したところで1が1.001程度にしかなりませんから」


「チッ」


「……それは」


「そうでしょうなあ」


 自分たちの無力さ・無価値さを真に理解しているからこそ受け入れられる。悲しいけど、こういうこともあるわよね。


「じゃあ何しに来たってんだ」


「先ほどお伝えした通りです。住む場所を変えたい、また配下たちに美味しいご飯を食べてもらうために、農作業ができる環境が望ましい。だからここに来させてもらったのです」


「確かにウチは川と土壌だけはまぁまぁ優れているからな」


「それに見たところ土地もそれなりに余っている様子」


「テメェ! 田畑を寄越せと言うつもりじゃねぇだろうな!」


 興奮した農耕代表は、立ち上がって私の胸ぐらを掴もうとした。


 刹那、クリスタの銀刀が男の腕の毛を剃り落とした。


「ドロリス様の温情に免じて産毛に済ませましたが、次はその血肉を切り裂きますよ」


「ひ、ひぃ!?」


「クリスタ、落ち着いて」


「は、はい」


 クリスタは叱られた犬のようにシュンとした。手が早いクリスタは地下に残しておくべきだったか。


「もちろんタダで田畑を頂こうなど、そんな盗人のようなことは考えておりません。それなりの価値を、こちらからも提供したく思います」


「価値? ドロリス・シュヴァルツが提供する価値って……」


「貴女なら理解していますよね? そう、魔法です」


 西側地域の悩み。それは、作物の安定供給と東側地域にバカにされていることのはず。


 ならば、それを一気に解決できるのが魔法だ。農耕魔法は作物を安定的に高品質で作り上げ、また生産者の負担も減らせる。


 そして魔法が使えるということは、東側地域からもうマウントを取られる必要もないということだ。これは私の憶測だけど、ただマウントを取られているだけでなく、農作物を不当に安く買い付けられたりしている気がする。そうじゃなきゃ、こんなに魔法を恨んだりしないだろう。


「具体的に魔法をどうするおつもりですかな?」


 久しぶりに村長から質問が飛んできた。あとひと押しだね。


「私のたくさんの配下たちに、魔法を使って農耕を手伝わせます。またこの村に魔法を学びたいものがいれば、この冥血城の一室を使い、魔法の学校を開きましょう。そこのエスメラルダが講師を務めます」


「え……えっ!?」


 聞いてませんよ!? とマジ驚きの顔だった。

 気の弱い彼女に講師は向いていないかもしれない。でも最初は私が手伝って、レールに乗れば、きっといい講師になれると思う。ウィットリア公国の説明、上手かったからさ。


「エスメラルダならいい講師になれる。ドロリスの名に誓うよ」


「ふ、ふええ……!?」


「ど、ドロリス様! 私も講師くらいできますが……」


「クリスタの使う魔法って殺意ある魔法しかないじゃん。だめでーす」


 クリスタはまたシュンとした。


 三役は顔を見合わせ、メリットを咀嚼しているようだった。


 そして頷いた村長がひと言。


「どうかこの村をよろしくお願いします」


「こちらこそ。いい共存関係を築き上げていきましょう」


 こうして私たちはウィットリア公国領、リンド村に正式に加入となった。

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