第23話 ドロリスの主敵

「口紅に毒……犯人はシュリでしょうね」


「あれれ〜、おかしいぞ〜?」


 私は小学一年生のような声を出した。瞬間、リュカの眉間に皺が寄る。


「何よ、その臭い演技は」


 このネタが通じることはないか。日本だとみんな、メガネをかけて蝶ネクタイを付けた小学一年生が脳裏によぎるんだけどね。


 それはいいとして、


「見てよリュカ。この2人の口紅、色が違うよね」


「ええ、シナモンベージュとナチュラルローズかしら」


「よーく見て。お互いの唇に、相手方の口紅がついていない?」


「……本当だわ! まさかこれはどちらかの口紅だけに毒を盛った、シュリとは関係ない事件ということ!?」


「……ん? いや、この2人絶対百合キスしてたよ。ああ見たかった〜〜〜〜、助けたお礼に目の前で百合キスしてくれないかな」


「……ドロリス貴女、本当に中身が誰かと入れ替わったかのようね」


 ぎくっ。あんまり性癖を漏らすのはやめておこう。


「さ、冗談は置いておいて、シュリを探そうか」


「貴女もシュリが犯人と思うの?」


「わからない。でも毒口紅を売ったのはシュリだ。話を聞かないことには始まらない」


「といってもねえ……どこにいるかもわからない相手をどう探せばいいのか……って貴女何をしているの?」


 私は倒れている少女の化粧ポーチを勝手に開け、中に入っていた口紅を取り出した。


 そして私は……それを自分の唇に塗りたくる。


「ちょ!? バカなの!? それ毒だって言ってるじゃない!」


「これ……毒です」


「さっきから何なのその演技!」


 悪役魔女のひとりごと

 つってね。


 私の狙いは、日本風にいう逆探知だ。

 ドロリスは敵性存在を許さない。だから小さな痕跡でも追いかけて仕留められるような魔法が揃っている。


 例えば


「《服物追跡》」


「ど、毒から追跡を図る気?」


 すぅっと頭の中に毒の成分が溶け出していく。その微細な情報にある、この毒を仕込んだ人物……


 そいつの居場所は、


「近っ! あの家の裏で隠れてる!」


「何ですって!?」


「ちいっ!」


 クソでかい舌打ちが聞こえてきた。


 どうやら逃げ出したみたいだけど、ドロリスから逃げられると思うなよ。


 全力で地面を蹴ったら、一瞬で金髪の女に追いついた。


「速っ……うっ!!」


 私はそいつの口元を押さえ、村の家の壁に押さえつけた。


 バン! という音が村に響くほど強くぶつけたため、女は咳き込んでしまうが構わない。


「あんたがシュリ?」


「…………」


 金髪の女は黙秘を貫く。


 歳は20〜25といったところか。顔はメイクで整えているが、すっぴんだとどうだろう。正味、イマイチな気がする。たくさんの女子を観察してきたからこそ、わかる。


 まあそれはどうでもいいよ。大切なのは……


「黙秘を貫くのは結構。ただし、私がドロリス・シュヴァルツであることを忘れるなよ」


「ッ!」


 女は強い目線を私に送ってきた。何をされても吐くつもりはないらしい。


 じゃあ、どれだけ耐えられるかね。


「ドロリス・シュヴァルツという女は元来魔獣使いだったんだ。知らないでしょ。これはEden本編の最終決戦時に仄めかされ、そして監督トークによって明かされる事実だからね」


 アイリスvsドロリス。


 その最後は虚しく、ドロリスは魔獣の召喚による、自身の逃亡を図った。もちろん魔獣共々アイリスにやられてしまうわけだが。


 さあ、ここでクエスチョン。魔獣といえどいろんな種類の魔獣がいる。例えばライオンのような魔獣、ゾウのような魔獣、ウサギのような魔獣、そしてムカデや虫のような魔獣。


 ドロリスは緊急時用に、身体の中に飼っているんだよねえ……ムカデの魔獣を。


 さあ、私はどうするでしょうか。答えは簡単。


「5秒後、あなたの口の中にムカデの魔獣を放つ。さあ、口が固いあんたはどれだけ耐えられるかな?」


「ん……んー!!」


「4」

「3」

「2」


 まだ黙秘を貫く女。しかし私の手は、その女の流す涙で濡れていた。


「いち」


「んーーーー!!!!!!」


 トントン、と私の手を叩く女。

 やっと降参したらしい。


「ドロリス、貴女やはりドロリスだわ。容赦がないわね」


「あ、見てたんだリュカ。手伝ってよもう」


「……別人みたい」


「で、あんたがシュリで間違いない?」


「は、はい。シュリです」


 震え上がり、畏怖の目線を送る女は自分をシュリと認めた。


「口紅に毒を盛ったのもあんた?」


「そ、それは……」


「ムカデ」


「はい! 私で……私でございます!」


 化粧が崩れるほど泣きじゃくるシュリは、もはやその美しさがどこかへと消えていた。


 今はただの醜女が、命乞いをしているに過ぎない。



 ……あれ。なんだこれ。何で私はこんなこと考えているんだろう。


 クリスタと模擬戦をした時もそうだ。人を痛めつける時、少し人が変わったような感覚に陥る。


「ドロリス?」


「あ、いや何でもない」


 リュカの声でハッとした私は、シュリの胸ぐらを掴んだ。


「何のために私の名を使い毒の口紅を売った。お前の意思か、それとも誰か裏にいるのか」


「きょ、教会……」


 その言葉を聞いた時、ゾッとした。


「教会……大精霊魔術教会か!」


 ドロリスが王国奇襲をやめたことで、私に不都合な未来が来てしまった。


 大精霊魔術教会とは、物語の中盤でアイリスに自身の力を託す精霊管理組織のことである。また精霊とは、芳醇な魔力を持ったこの世界最強格の存在だ。


 Eden本編では教会は動きが鈍いと度々モブ政治家から批判を受けていた。しかしそこには理由がある。


 精霊は対象を壊すだけでなく、辺り一面を吹き飛ばしてしまう災厄でもあるのだ。その点では本編ドロリスと変わりはない。だから慎重だった。そしてアイリスという希望が見えて、教会はドロリス討伐から手を引いた。


 教会……そうだよなあ。アイリスが敵にならない以上、ドロリスの主敵は教会だ。ゲームでは影が薄くて失念していた。


 よく見るとシュリの手には銀色のT字アクセサリーが握られていた。あれは教会の犬である証。嘘偽りなく、教会が裏で糸を引いているか。


 まずい。まずいまずいまずい。


 教会vsドロリスは絶対に避けないとこの世界が危ない。もちろんスローライフとか言ってる場合じゃなくなる。


「ドロリス?」


 ……………しばらく考えた結果、これしか頭に浮かばなかった。


「帰ろうリュカ。そして引っ越そう」


「え?」


「未来を大きく変えるには、私たちの行動も大きく変えなきゃダメだ」


 このままでは教会と正面衝突になる。それだけは避けたい。

 そのためにはアルダ村からの信頼を捨ててでも、どこか住処を変えるしかない。


 私はシュリに記憶消去の魔法を施して、リュカと共に冥血城へ戻った。

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