第22話 アルダ村騒動

 アルダ村は冥血城から徒歩20分のところにある小さな村だ。


 小さなと言っても、家屋は100棟はあるし、日本でいうアパートみたいな建物も複数ある。人口はざっと400を超える、それなりに規模のある村だ。


 じゃあなぜ小さなという形容詞がつくか。それはドロリスに支配された村として4大国に認定を受けてしまったからだ。


 敵のことは小さく表現する。大人とは嫌な世界ですなあ。


「ドロリスと2人でお買い物なんて初めて〜。よく乗り気になったわね?」


「まあね。ちょっとシュリって女が気になってさ」


「む……私と2人きりの時間だというのに他の女の話題? あーいやいや。これだからドロリスは女心が分かっていなくて嫌だわ」


「私も女だが?」


 というかシュリをウリにして私を連れ出したのはリュカだろう。理不尽な……。


「っていうかドロリス、貴女いつもすっぴんなの?」


「そうだよ。私にメイクいらないでしょ」


「うーーわ、嫌な女よそれ。絶対他の子の前で言っちゃダメよ」


「でもクリスタもティアラもすっぴんだよ? 問題なくない?」


「女4人いて3人常時すっぴんの方が異常よ!」


「……それもそうか」


 現実だったらまずあり得ないことだ。女子校にいたからわかるけど、すっぴんなのは私だけ。しかも綺麗だから必要ないわけでなく、興味関心がないからのすっぴんだった。ただの芋女である。


 なーんて自虐を胸に突き刺していたら、アルダ村が見えてきた。


「おー賑わってるわね〜」


「……でも何かおかしい。泣き声も聞こえない?」


「……本当ね」


 アルダ村からは村民たちの声が漏れていたが、よく聞くと怒号・泣き声・嗚咽に包まれていた。


 私とリュカは目を合わせて頷く。


「行くよリュカ!」


「ええ!」


 私とリュカは風を切って加速し、あっという間にアルダ村に到着した。


 その瞬間、村民たちからナイフのように鋭い視線を向けられた。


 嫌な目だ……おかしい、アルダ村はドロリスと関係がいいはず。


「えっと、何かあって……」


 人の隙間から見えたものに、私は目を見開いた。


 若い女性村民が2人、青ざめた顔で倒れていたのである。

 息は細く、顔に生気がない。これは一刻を争うものだと直感的に理解した。


「リュカ、治癒魔法使えるよね。片方は任せたよ」


「ええ、任せて!」


 私たちが治療に駆けつけようとしたその時だった。


「うっ……」


 村民たちが、まるで私たちの足を阻むように隊列を組んだ。


「と、通してください! 急がないと彼女たちが!」


「何をとぼけたことを! ミーナたち若い女衆に化粧品を売り付けたのは、ドロリスあんたじゃないか!」


「は、はあ!?」


 どういうこと? 意味がわからない。

 アルダ村にシリアスな展開は用意されていなかったはず。何をこんなに鋭い視線を向けられねばならぬのか。


 潔白を訴えるも依然、村の男性若い衆たちは私とリュカの入村を拒んだ。


「くっ……どうすれば……」


「はぁ、もう仕方ないわね」


 リュカがため息を吐いて、その息をパン! と手で叩いた。


 その吐息が桃色の霧になって、アルダ村を包む。すると目の前の男たちはまるで淫らな夢を見ているかのようにばったり寝落ちしていった。


「さすが、ハーフサキュバス」


「やめて。出自についてはドロリスでも許さないわよ」


「ごめんって。それより!」


「ええ!」


 私たちは急いで倒れている少女たちの元へ向かった。


「あら、この娘たち……」


「うっ……」


「大丈夫? すぐ治癒魔法をかけるから!」


 この世界の治癒魔法は万能ではない。


 ゲームではHP、つまり体力を回復させてくれるわけだけど、傷や病気は治せるわけではないのだ。ゲーマーとして、念の為私の体で実験しておいた。


 じゃあどうするのかというと、まず治癒魔法で体力回復はマスト。その次に傷や病気を探る。


「ドロリス、これは口紅が毒のようね」


「口紅に毒?」


 よく見ると確かに倒れた少女2人とも、唇の口紅を舐めたような形跡があった。そういう癖を持っている人は少なくないと聞いたことあるけど、それを利用した犯行か。


 毒なら話は早い。


除毒ポイズン吸生リムーバー


 体力を奪う代わりに毒も奪う。ドロリスの魔法だ。

 ゲーム本編でドロリス討伐隊のモブが毒矢を射っても意味がなかった描写があるが、まさかここで役立つとはね。


 毒を吸い取り、治癒魔法で体力を回復し、また毒を吸う。


 繰り返すこと5度。ついに……


「はっ、はあ、はあ」


「よし!」


 ようやく呼吸が深く、そして血色も良くなった。


 リュカの担当した子もほどなくして快方の兆しが見えた。さすが、ドロリス直属の配下はレベルが違うね。クリスタはこういうの苦手だろうけど。


「さて、騒ぎは治ったけど……」




「おおーん! サキュバス ! おおおぅ!」

「そんなとこ……あぁぁぁぁ!」


 リュカの見せた夢が大暴れしているようだ。大の男たちが快楽に負けた声を漏らしながら、地面でのたうち回っている。きつい絵だなあこれ。


「リュカ、これいつまで続くの?」


「……3時間はこのままでしょうね」


 はあ、と私は肩を落とした。




 ◆




『どうしたシュリ。急に連絡だなんて』


「申し訳ありません。しかし早急にお伝えしなければならないことが」


『なんだ、簡潔に述べよ』


「ドロリスとその配下、リュカがアルダ村に現れました」


『何だと!? このタイミングで……』


「いかがいたしますか?」


『様子を観察していろ。下手な真似は打たすんじゃない』


「はっ。かしこまりました、マイロード」

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