第20話 配下のパンツ:クリスタ

 冥血城に月夜が差し込む風情を楽しみながら、私は日本酒(に見立てた水)をクイっと喉に流し込んだ。


 ここは冥血城の前に聳え立つ大きな松の木。ここはゲーム本編でドロリス討伐後、フォトスポットとなる場所だった。


 流し込んだ水が胃を冷やした時、私は立ち上がってそっと呟く。


「さて、作戦開始といきますか」


 特殊作戦:コードCP


 通称、クリスタ(C)パンツ(P)作戦の決行だ。




 みなが寝静まった夜の冥血城地下。


 モブ配下さんたちの寝息や、リュカの大胆な寝言が聞こえてくる。あまりに生々しくて耳がシャッターを下ろすほどだ。


 言い方は悪いが今はリュカに構っている暇はない。


 私はクリスタの部屋の前で数秒立ち尽くした。


 クリスタのことだ、ドアノブに手をかけた瞬間「曲者!」とか言って目を覚ますだろう。本当に一流の剣士だからなあ、彼女。


 え? 黒雛心、貴様何を企んでいるって?


 はい、夜這いしますが何か?


 悪いかよ! 推しのパンツ見るために夜這いして悪いかよ!


 ってそんなどうでもいい一人芝居している場合じゃない。


 ドロリスになった利便さを、ここで使う時だ。


「《隠密》からの、《壁抜け》」


 クリスタの様子は……セーフ。すぅすぅと可愛い寝息を立てている。


 いやー上手くいった。正直ここが一番ピリついた〜。

 あとは流れのままに、だ。


 私は2つの魔法を解いて、そして目にも止まらぬ速さでクリスタのベッドに潜り込んだ。


「ひ、ひえっ!?」


「おっすクリスタ〜」


「ど、ドロリス様!? 何をなされているのですか?」


「最近夜は冷えるから、クリスタと一緒に寝たいなって」


「お、おっおお!」


 ふふ、喜んでる喜んでる。その感情を表に出すのはまだ苦手なようだけど。


 にしても改めて美人だな〜。髪だけじゃなく、まつ毛も純銀で一本一本が輝いているよ。こりゃたまらんね。


「ドロリス様、その……」


「ん? どした?」


 精緻な桃色の唇が動く。

 クリスタは申し訳なさそうな顔で、続けた。


「最近のドロリス様はいったいどうなされてしまったのですか? このようなこと、一切される方ではありませんでしたよね」


「まぁそうだね。しないね、ドロリス・シュヴァルツという女は」


「……何がドロリス様を変えたのですか? やはりあの、アイリスという駆け出し魔女でしょうか」


「うーーん」


 近からず、遠からずだね。


 ドロリスが変わってしまったのは私のせいだ。いや私にとっても予想外の出来事だったから、「せい」と言われても困るが。


 そして黒雛心という人間の人格形成には、間違いなくアイリスが関わっている。だから否定できないのだ。


「クリスタは今の私、嫌い?」


「そんなはずがありません。ドロリス様に反逆の感情を持つことはないとずっと前に誓ったはずです」


「そうだね。じゃあ例えばの話。今の私が、誰かに魂を乗っ取られた状態だったら?」


 クリスタはハッとした表情をして、数秒私を見つめた。


 そして


「わかりません。今のドロリス様だってドロリス様なんですから」


「そうだよね。難しい質問をしてごめん」


「いえ、謝られることではありません!」


 しばしの無言の後、


 クリスタの瞳から、銀の雫が流れ落ちた。


「ど、どしたのクリスタ!」


 これには私もびっくりだ。


「もし……もし今のドロリス様が誰かに乗っ取られたらと考えたのです」


「そしたら……涙が出るほど嫌だった?」


 錆びたナイフで、心臓を抉られるような痛みが走った気がした。


「いいえ、その逆です」


「逆?」


「今のドロリス様のままでいて欲しい。そう思う自分もいて、不敬な自分が情けなくなったのです……」


「クリスタ……」


 なんて真面目な子だろう。


 クリスタはドロリスを愛している。ずっとずっと真っ直ぐに、相手にされなくても、計画の道具として見られていても、ずっと愛してきた。


 嬉しかったのかもしれない。私はクリスタたちが好きだから、その愛を結果的に返している。そんな今が、たまらなく尊いのかもしれない。


 私はクリスタの頬に手を当てた。


「私から言えるのは、どんな私でも右腕はクリスタだけってことかな。あなたはそれを誇っていい。他でもない私が保証する」


 ドロリスが。

 そして、

 Edenを愛した黒雛心が。


 クリスタの忠義すべてを、肯定しよう。


「ありがとうございます……ドロリス様」


 クリスタは銀色の涙を流しながら、私の胸で静かに泣いた。

 私はそれを受け入れて、彼女の頭を一晩中撫でてあげた。




 ……ちなみにパンツは見忘れたので、後日クリスタがスカートの日に思いっきりめくって見てやった。遊び心のない、純白のパンツだった。

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