第18話 配下のパンツ:リュカ
「パンツが見てえ」
朝のリビングは喧騒に包まれている。
モブ配下たちが慌ただしく朝食を人数分用意し、食器の音や食材を切る・焼く・炒める音が絶えず耳に入る。
私の独り言は、虚空に消えるはずだ。
そして得意げな顔で紅茶を淹れるクリスタを見て思った。
パンツが、見てえ。
いやちょっと待って、ブラウザバックしないで。考えてみて?
ここ最近、ずっと張り詰めていたわけじゃないですか。
変装して王国行って、リュカ探して、そしたらアイリスがリュカの魔の手に捕まってて、それはそれとして彼女を私がスローライフを送るための免罪符にした。
帰ってきたら帰ってきたで、魂がどうのこうの難しい話。
激&動
ドロリスの体だから疲れはないけど、精神的には疲れたのだ。だって魂は黒雛心だから。あーもうまた魂とか言う。小難しいっての。
つまりね、今の私を癒してくれるのは何? って話ですよ。
そりゃもう、推したちのパンツしかないでしょう。
「ドロリス様、紅茶でございます」
「ありがとうクリスタ」
こんな自信満々に紅茶を淹れ、笑顔を振りまいてくれるクリスタ。……何色のパンツを履いているのだろう。
しかしっ! ガードが固い。今日のクリスタはスカートではなく、ズボン! しかもデニム! 物理的にもちょい固い!
いったん手頃で難易度の低いパンツから見るか。
「おーいリュカ〜」
「なぁに? 今レモンを絞っていて忙しいのだけど」
「朝から酒か。まあいいけどさ、近う寄れ」
「何その言葉遣い。いいけど」
「はい、じゃあ失礼」
リュカはスカートだ。しかもご丁寧にパンツを覗くための(違います)スリットまで深く入っている。
私は居酒屋の暖簾をくぐるオッサンのように、リュカのスカートの中にヘイらっしゃいした。
「ちょ、ちょちょちょドロリス!?」
「動くなっ!」
「へ、へぇ!?」
リュカが動かないよう、ガッチリ彼女の太ももを両手でホールドした。いい肉付きだ。リュカのフィギュアは買ったけど、一番肉付きがセクシーだったね。運営も調子に乗って太もも盛ってたね。いいぞもっとやれ。
しっとりむっちりな太ももの付け根に確かに存在する、薄布。
それを捉えた瞬間、私は目を見開いた。
「紫のレースだと!? どすけべか貴様!」
王国で見た時は白だった! 冥血城に戻るとスケベパンツを履くんだ!
「なになになに!? 今日のドロリスなんか変よ!?」
リュカの秘密その2
普段は自分から色仕掛けをするが、いざ相手から迫られると弱い。本当は初心な生娘なのだが、ドロリスの気を引くため無理しているのだ
そのはずなのに、なんだこの勝負パンツは! 今日勝負するってのか!?
「リュカ、なんで今日は下着に気合いが入っているわけ?」
「そ、それは……その……」
リュカは勝負下着を見られたショックか、頬を赤く染めてしまっている。それこそワインレッドの髪色とマッチするほどに。
「い、いつだって勝負下着よ。いつドロリスに呼ばれてもいいように……」
っはー! やべえ。体がドロリスじゃなかったら鼻血ブーからの出血多量で死ぬところだった。
「リュカ、朝から下着で盛り上がらないでください」
「私じゃなくてドロリスに注意してよ。いきなりスカートの中に顔を突っ込んできたのよ」
「え、ええ……」
クリスタも自身の紅茶を淹れて、会話に合流した。
もちろん、私はクリスタのパンツも虎視眈々と狙っている。
……が、この女隙がない。【麗銀の魔女剣士】の名は伊達ではなく、ガチで強いからこそ広まった二つ名なのだ。
デニムパンツだけでも鉄壁の守りなのに、本人が堅物でパンツなんて見せてくれないだろうしなあ。
「よし、クリスタは後回し!」
「へ、へえ?」
私は紅茶を飲み干し、リビングから飛び出した。まだモブ配下さんたちが朝食を作り終えるまで時間があるはず。
私は『解放厳禁』と書かれた扉を躊躇なく開けた。瞬間、琥珀色の視線が私に突き刺さる。
「な、なんだ騒がしい」
「ティアラ!」
冥血城の主、ティアラ。
研究熱心を超えて、研究一筋。
研究が恋人な彼女は、いったいどんなパンツを履いているのか。
気になるっ!
「どうしたお前鼻息が荒いぞ。変態がより変態に見える」
「変態で結構!」
鼻息が荒いことを自覚したまま、ティアラに近づいていく。
そしてガッと細い肩に手を置いた。
「ティアラ、パンツ見せて!」
「……ふぇ!?」
ティアラは研究者らしからぬ混乱で目をくるくるさせた。
「お、おおお前バカなのか! ついに本物のバカになったのか!」
「いや大真面目だ! だからこそパンツが見たい!」
「そこで立ってろ! 薬でこの世から綺麗さっぱり消し去ってやる」
「まあまあ落ち着いてよティアラ。私と対談しようじゃない」
「対談?」
頭のいい人間はディベートを好む。なぜなら、そこが自分のテリトリーだからだ。
つまり、ティアラは対談では絶対勝利を確信する。その安心感を、付け狙う!
「じゃあ話してみろ。パンツを見せることで何が起こる」
「嬉しい! 私が!」
「私は不快になるが?」
「ならない!」
「根拠を示せ」
「好きな子に下着を見られたい。又は見られたくない。それは全人類が抱える葛藤だよ」
「主語がデカいな。日本とは文学が遅れているのか?」
失礼な。一番発達しているでしょ。良くも悪くも。SNSとか見てみなよ、毎日ド変態な文豪がたくさん現れるでしょ。
っと、話が逸れた。
「ティアラは好きな人に下着は見せたい? それとも隠しておきたい?」
「それは……わ、私には関係ない。好きな人など、いない」
私から目を背けながら、ティアラは頬を赤らめた。照れてるな〜
「私は隠しておきたい。なぜなら痴女じゃないから!」
「……で、私には見せろと? 理論が破綻している。対談にもならんぞ」
「ふふ、本番はこれからだよ」
私はティアラの鼻先を指差した。
「もし仮に今後ティアラに想い人ができたとする。その時どんな感情を持つのか、研究者として知りたくはない?」
「ッ! ……なるほどな」
「さっきティアラはパンツを見せることで不快になると断言した。果たして本当かな? その感情の動き、すなわち魂の動きは検証もしていない段階でなぜ言い切れるのかな?」
「…………ぐっ」
よし! 押せる! このまま論破だ!
が、ティアラは鼻で笑った。
「それは私に想い人ができるとする仮定の話だ。残念ながら私にそんなものはできない」
「なっ……」
対談終了。
乙女の恋愛放棄。それは、どんな話でも終わらせられるワイルドカード。
それを切られた時点で、私の負けだ。
「ふん、お前は頭が弱い。私に勝とうなんて2500年早い」
私はポイっと鉄扉の奥へ追い出された。
くそう、あと少しだったのに。
ってか何で対談に持ち込んだんだ私! 最近小難しい話が多くて疲れたから推しのパンツで癒されたいだけなのに!
……こうなったら仕方ない。できればこの手は使いたくなかったが。
やってやるか、プランBだ!
……人生で一番張り切る瞬間がパンツであることに、ほんの少しモヤっとしたのはナイショの話だ。
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