第16話 私の主人公
眠れるアイリスをお姫様抱っこして、クリスタの待つ宿へ帰ってきた。
「リュカ!? こんなに小さく白くなって……えっ!?」
「落ち着いてクリスタ。この子はリュカじゃないよ」
『また後でリュカと帰ってくるから』なーんてカッコつけた言葉を残したくせに、別の女と帰ってくるからクリスタは混乱中のようだ。
ちなみにリュカには拠点の痕跡を綺麗さっぱり無くすよう命じてある。
たくさんの女の子を味見したことで、いつかリュカの足元は特定されてしまうだろう。だから髪の毛一本、下の毛一本も残すなよと命じてきた。
それはいいが、クリスタは未だ混乱中だ。この少女はいったい誰なのか、まさか誘拐? いやいや……などぶつぶつ言っている。
「とりあえずこの子をベッドに寝かせてあげたいんだけど、いいよね? 話はその後で」
「わ、わかりました。すぐベッドを整えます」
見るとベッドはシワだらけであった。
……私が帰ってくるまでに何してたの、この子。いや、知らぬが仏か?
とりあえず何食わぬ顔でベッドにアイリスを寝かせ、その健やかな寝顔に笑顔を向けた。
……ら、クリスタが頬をぷくっと膨らませていた。本編のドロリスだったら気が付きもしない、気が付いていたとしても指摘しなかっただろう。
「どしたのクリスタ。そんな拗ねて」
「拗ねてなどいません」
「それ拗ねてないと言わないやつだからね」
知らない女を連れ込んで拗ねているのか。可愛いやつめ。
仕方ない、クリスタを信用している証を見せつけておこう。
「クリスタには先に伝えておくけど、この子が私が目をつけた魔女だよ」
私の告白に、クリスタは目を見開いた。
「じょ、冗談ですよね? だってこの子……」
「うん、見ての通り弱いよね。魔力も少なければ濃度も低い。典型的な落ちこぼれだよ」
「だったらどうして……」
瞬間、宿のドアがコンコンコンとノックされた。
「はあ〜疲れたわあ」
予想通りリュカだった。ものの10分で痕跡を消すとは、さすがドロリス配下の諜報担当だ。
さて、想定外が重なったけど、アイリスが手に入ったのは都合がいい。
「幹部会議を始めようか」
ドロリス幹部会議。
一度だけ本編のムービーで流れたことがある。ちょっと憧れたそれを自分で開幕宣言できるのだから心が躍る。
私の言葉にクリスタも、あのリュカでさえも真面目な顔を見せた。
「知っての通りこの世界は、近い将来戦争へと傾く。そこでは魔女が大量に駆り出され、死ぬ」
ゲーム本編でドロリスはその未来に絶望し、ならばいっそ世界を壊してしまえと悪役になった。
しかし今やドロリスは私だ。悪役の道を外れたので、世界を壊そうなどとは目指さない。
でも、このまま放置したら戦争が始まる。
ではどうするか。簡単だ。誰も手出しができないくらい強い魔女をこの世界に誕生させればいい。
ゲーム本編ではドロリスの死後、【純白の魔女】アイリスの強さと優しさにより世界に平和が訪れる。
他の3大国がエルカ王国を攻撃できなくなった(アイリスの強さ)のと、エルカ王国もまた、他国攻撃をやめた(アイリスの優しさ)。それで平和になりエンディングを迎える。
「このアイリスという少女を世界最強の魔女に仕立て上げ、戦争の抑止とする。この子は世界一優しいから、力をむやみに扱ったりはしない」
「理屈はわかったわ。でもその力がこの子にあるとは到底思えないのだけれど」
「私もリュカに同意します。この子ではあまりに非力すぎる」
「じゃあ見ててね。たぶん……リュカでもいいはず」
「はあ? どういうことよドロリス」
ゲームのシステム的に、アイリスには5つの天井があった。その天井を破ることで、アイリスは徐々に強くなっていくのである。
そしてその天井を破る鍵こそ、仲間との愛情。
本当はゲーム本編と同じメンバーでやってあげたかったけど、ごめんねアイリス。
私はスヤスヤと眠るアイリスの胸に手を乗せた。あ、意外とある。
じゃなくて、こうだ!
「《天井突破:1段目》」
私が魔力をアイリスの胸部に流し込む。そして引っかかりを見つけたところに、さらにさらに魔力を流すのだ。
「な、なによこれ!」
宿の部屋には突風が吹き、新聞やカーペットが吹き飛んでしまった。
「目覚めろ……アイリス・ホワイト!」
「はっ!!!!」
ビクン! と、まるでAEDの実践ビデオのようにアイリスの身体が跳ねた。
瞬間、アイリスから多量の魔力が漏れ始める。成功だ。
リュカの味見も、意外と愛あるものだったらしい。
「あれ……あれっ!? 何これ私……」
あっ! この反応、最初の天井を破った時と同じ反応だ! スッゲー! 別の女と天井を破っても同じ反応なんだ!(オタク特有の感動)
コホン。いかんいかん。冷静になれ。
「こんにちはアイリス。気分はどう?」
「わ、私はリュカお姉ちゃんといて……それで私、なんでこんなに強く……?」
超常的な現象に、アイリス本人も、クリスタも、リュカも、みんな目を丸くしていた。
先ほどまで非力すぎて、落ちこぼれとしか言えなかった少女が、今や平均以上の能力を持った魔女になったのである。
繰り返すがアイリスの覚醒、ゲーム用語では天井突破だが、それは5回用意されている。そしてその契機は仲間との愛情。
その愛情部分は、本編ではもちろんウィルリーンたち本編の仲間たちだった。しかし今回は、リュカの愛と、私の無理やりの施錠によって成し遂げた。
もう分かったでしょう。私が今回エルカ王国に来てやりたかったのは、クリスタとリュカに対して、私がスローライフを送る免罪符を得ることだったのだ。
題して、『アイリスが強くなって戦争止めるから、私はスローライフを送るね作戦だ』
まさか契機がリュカになるだなんて、夢にも思わなかったけど。
さて……悲しいけどアイリスとはここでお別れだ。
「ごめんねアイリス」
「え…………あっ………………」
強制入眠の魔法と、記憶消去の魔法。
愛情を忘れては意味がないので、リュカの断片的な記憶だけは残した。もちろん私と、クリスタの記憶は綺麗さっぱり消した。
「クリスタ、リュカ。この子はあと4回の覚醒を残している。すべての覚醒を終えた時、この子は私をも超える力を持つ。それが嘘偽りでないのは、いま理解したよね」
「に、にわかには信じがたいですが……」
「目の前で起こったものを嘘というのは、ねえ?」
「これでこの子は落ちこぼれじゃない。魔女学園でもいじめられることはないでしょう。だからたくさん、仲間ができる。優しいこの子はすぐに仲間と愛を深めて、覚醒に至る
そうすれば、世界に平和が訪れるはずだよ。何もこの世界を壊さなくたって良かったんだ」
「ドロリス様……」
「ドロリス、貴女……」
「さ、帰ろうみんな。私たちは道を外してしまったけど、これからこの世界とアイリスを観察しながらゆっくり生きようじゃない。きっと訪れる、平和な未来のために時折働いてもいいね」
クリスタもリュカも、優しい笑顔で頷いてくれた。
ありがとうアイリス。アイリスのおかげで、悪役の道から完全に逸れることができた。
あなたはやっぱり、永遠に私の主人公だよ。
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