第15話 アイリス・ホワイト

 アイリス・ホワイト。


 人気ゲーム【Eden〜純白の魔女と漆黒の魔女】の主人公。


 エルカ王国の魔女学園に通い、成績は悪いながらも、持ち前の明るさ、前向きさで人々を惹きつける。

 そして正義感に溢れ、エルカ王国を奇襲したドロリスから世界を守ることを決意する。


 初めは実力不足に涙する日もあった。上官から罵倒される毎日だった。それでも前を向いたのに、ついにドロリス討伐隊からも追放されてしまう。


 しかし、同様に各所属隊から追い出された半人前たちでチームを組み、独立組織を作り上げる。一人は仲間のために・仲間は一人のために。


 そんな想いから生まれた絆が、やがてアイリスと、その仲間たちを覚醒に至らせる。




 アイリス・ホワイトは、誰よりも主人公然とした主人公であった。



 それが……それが今は……


「リュカお姉ちゃん、今夜も可愛がってくれる?」


「え、ええ……それはその……もちろん」


 この世界を破壊しようと目論んでいる【漆黒の魔女】の配下であるリュカに、猫撫で声で甘い夜を求めてしまっている。


 しかも半裸で、さらにリュカの膝の上に乗って!


 そんなことが許されてたまるかっ!



◆◆オタク特有の早口ZONE◆◆ オタク特有の早口ZONE ◆◆


 アイリスはな、主人公なんだよ!

 誰よりも強くて誰よりも優しくて、誰よりも人を愛し、誰からも愛される!


 時には泣こう。みなと笑おう。どんなに辛い道でも、擦りむいた膝から血を流そうと前に進もう。


 そしてそんな彼女の背中を見て、画面の向こうの私もまたアイリスの仲間たらんと、憧憬どうけいの火が灯る。



◆◆オタク特有の早口ZONE◆◆ オタク特有の早口ZONE ◆◆



 だからこのアイリスは、解釈違いだ。


「おうリュカ、ちと表出ろや」


「は、はい」


 あまり強い言葉を使わせるなよ。


 リュカが立ち上がった瞬間、アイリスは主人にお留守番を告げられた犬のような声で言葉を紡ぐ。


「えー、リュカお姉ちゃん行っちゃうの?」


「えっと……」


 リュカは私の顔色を窺う。

 私はため息を吐いて、


「すぐ戻ってくるから。待ってて」


 冷静にアイリスへ指示を出した。



「《断界の陣》」


「ひっ!」


 異空間を生み出し、相手と1対1の状況に持ち込むドロリスの魔法。

 これなら盗聴の恐れも、魔女槍術隊に勘付かれることもない。


 安心して、リュカとじっ〜〜〜〜くり話ができるわけだ。


「さあ聞かせてもらおうか。なんであの子を拠点に誘い込んだのかな〜?」


「だだだだだだだだだだって、王国奇襲が中止になった一報から痕跡の消去に必死だったのよ? 急いで終わらせたら新しい指示はなくて、毎日暇でしょうがなかったの! そうしたらほら、味見したくなるじゃない?」


「……まあリュカがそういう子ってのは知ってるからそこは良いよ。いや良くないけど。でもアイ……あの子はあんたの癖と違うでしょう」


 リュカの性癖ど真ん中は黒髪・長髪・ミステリアスでクールな・美少女だ。つまりドロリスである。


 基本、冥血城周辺の村から味見をする時も黒髪の少女だった。ジェネリックドロリスというわけである。


 しかしアイリスは白髪。本当に真逆の、対照的な見た目なのである。


「そ、それはあの子が似ていたのよ」


「似ていた? 誰に」


「あ、あなたによ。ドロリス」


 似ている? アイリスとドロリスが?


 そんなバカな。そもそも主色が違うし、性格も真反対。いったいどこにドロリスと似ている要素があるというのか。


 疑いの顔が表に出ていたのか、リュカの弁明は続く。


「あの子は弱くておバカで誰からの称賛も集めない子だけど、自然とあの子の周りには人が集まる。そこが似ていたのよ、他でもないドロリスにね」


 リュカに言われてハッとした。


 アイリスは仲間に愛され、強くなる。


 月並みのゲームならボスであるドロリスは正反対に孤独である、という設定にするだろう。


 しかしドロリスは孤独ではない。クリスタが、リュカが、ティアラが、世界各地に配下が存在する。


 確かにそう言われれば、納得できる部分もあった。


「……ごめんリュカ。私のために働いてくれたのに叱ってばっかりで」


「気にしないで。いつも無視するドロリスよりはマシだわ。突然雰囲気が変わったのは謎だけれど。美少女は謎があるから深みが出るのよね?」


「はは、リュカらしいや」


「で? あの子に手を出して怒ったということは、ドロリスにとってあの子は何か深い事情があるのよね」


「……まぁね」


 詳細については明かせないけど。


《断界の陣》を解いて、私とリュカは拠点に戻った。

 またアイリスが半裸で飛びついてくるかと思ったら、アイリスはソファで寝落ちしていた。依然半裸のまま。


 私が毛布をかけてあげると、アイリスは寝たまま嬉しそうに「えへへ」と声を漏らした。


「可愛いでしょその子」


「うん。知ってる」


「ねえドロリス教えてよ。なぜその子に手を出したら怒ったの?」


「この子は私が目をつけた魔女だから」


「え?」


「この世界の未来を変えられるかもしれない魔女だから、かな」


 ずっと考えていた。

 ドロリスの未来視で確認した未来について。


 このままだといつか起こってしまう4大国の戦争、そしてたくさんの魔女の死。


 それを回避するためには、Edenの知識を持つ私と、そしてこの世界の主人公であるアイリスの力が必要不可欠なのだと考えた。


「リュカお姉ちゃん……もっと……」


 ……ちょっとだけ、それに暗雲が立ち始めた気もするけど。でも同時に、他の選択肢も思いついた。

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