第14話 リュカ・エンテグラス

 エルカ王国では、夜自由に出歩くことを許されない。


 現在4大国はそれぞれ睨み合う敵対状態にあり、互いが互いに魔女の刺客を送り込む可能性を憂いている緊張状態にもあるからだ。


 加えて【漆黒の魔女】ドロリスが、国の垣根を超えての悪業を果たそうとする、なんて噂まであるからなおさらだ。


「だから隠密の魔法を使ってリュカを探すけど、クリスタって隠密使えるっけ」


「じ、実は隠密はからっきし苦手でして……申し訳ありません」


「そうだよね。魔法リストに載ってなかったもん」


「魔法……リスト?」


「ああごめん。こっちの話」


 魔法リストはゲームの話だ。今持ち出したって仕方がない。


「じゃあ私だけで出るか。クリスタは待機ね」


「き、危険ですっ!」


「隠密使って、その上こんな顔でドロリスだと思える人がいるとでも?」


 私はいま変装魔法を使っている。ドロリスの美しい顔から、黒雛心の何とも言えない顔になっているのだ。


「それは……ドロリス様の魔法は完ぺきですから……」


「だから宿で待機。絶対リュカは見つけるから、安心して待ってて」


 クリスタはでも、でも……と言いながら、でも困った顔の私を見て俯き、


「はい……」


 最後には折れてくれた。


「よし、じゃあ行ってくるよ。また後でリュカと帰ってくるから」




 夜のエルカ王国は昼の喧騒が嘘のように静かだった。


 聞こえてくるのは、治安維持を担当とする魔女槍術隊の鎧の金属音だけ。


 なんでそんなもの聞こえるかって? はーい、たまたまウィルリーンを見つけたからストーキング中です。とはいえ裏路地はもうすぐそこなので、ここでお別れだね。


「ひっ!?」


「どうした?」


「な、何かにお尻を撫でられたような……」


「お前のような色気ない女の尻を触る者がどこにいる。仕事に集中しろ」


「は、はい」


 ごめんねウィルリーン。つい出来心で。


 にしてもウィルリーンの先輩魔女、意地が悪いな。ウィルリーンはしっかり乙女で可愛いってのに。ま、所詮はウィルリーンを除名した悪役モブか。



 憤りながら裏路地に入ると、流石にドロリスの力を有した私でも恐怖を感じた。


 建物に遮られ、月明かりが途絶えた暗道。まじで鬼でも蛇でも出そうだ。


 漫画で得た知識だけど、人間は視覚から50%以上の情報を得るらしい。「暗い」というのは、人間を本能的に怯えさせるのだ。



 じょ……くろ……………じょ……



 ち、ちなみに35%くらいは聴覚からの情報らしい。つ、つまりこのうめき声みたいなものは……


「黒髪美少女ぉぉー!」


「うぎゃあーーーー!」


 私を絶叫させるのに十分事足りるものであった。


 ……が、声の主はそれ以上声を発することはなかった。


 私が恐る恐る目を開けると、そこにはバン! と胸元が空いたセクシーすぎる服を着たお姉さんがいた。


 黒いスカートには深くスリットが入っており、白いパンツが3分の1ほど見えている。


 あれ、この特徴どこかで……


「あ、ごめんなさいね。思ったより美少女じゃなかったから貴女は結構よ」


 こ、この脳みそを溶かすような甘ったるい声! そしてこの服装! 何より普通に失礼なことを言うほどに、女の子の吟味に真剣な物言いは……!


「リュカ・エンテグラス!」


 やっと会えた! ドロリス配下の諜報・セクシー担当、リュカ・エンテグラスだ。


 リュカはワインレッドの髪を耳元でくるくる指巻いて、「あら?」と呟く。


「面識あったかしら。でも味見した子にも名前は伝えてないはずだし……」


「へええ……王国でも味見したわけだ」


「なぁに? 人が考えているときに」


「はあ、変装解除」


 リュカは私がドロリスであることを見抜けていないようだ。


 まあそれもそのはず。変装魔法を使った上に口調はリュカの知るドロリスとはかけ離れていることだろう。わかった方が怖いというものだ。


 黒雛心のガワが剥がれ、やがてドロリス・シュヴァルツのガワが表に出る。


 その瞬間、リュカは叱られた猫のようにバツの悪そうな顔をした。


「ど、ドロリスだったのね。お姉ちゃんビックリ!」


「ビックリはこっちだけど!? なに普通に王国の娘たちを味見してんの!」


「だってだってしょうがないじゃない? ドロリスからの命令が途絶えて暇だったんだもん」


「暇だったからって襲っていい口実にはならないでしょうが!」


「結果的に合意の上よ。気持ち良くしてあげたんだもの」


「聞きたくない! 生々しいわ!」


「っていうかドロリス貴女、口調や雰囲気が変わったわね。以前なら私の味見も無視してたのに」


「えっ、ま、まあ女子3日会わざれば刮目して見よって言うじゃん?」


「それ男子でしょ。男とか興味ないわ、私」


「あ、そうだよね。ごめん」


 くそ、無駄に知識あったか。誤魔化したかったのに。


 リュカは不思議そうな顔をしつつ、ペロッと舌で唇を舐めた。


「えーい!」


「うわっ!?」


 突然抱きついてきたリュカ。

 おっぱいが! ゲームの有機EL画面の奥にしかなかったおっぱいが! いま目の前にある! たわわ〜


「私は今のドロリスの方が好きだわ。なんというか、親しみがあるわよね」


「そりゃどうも」


 返事は簡潔だ。リュカの胸を味わっているから。


「さて、そろそろ離してもらおうか」


「はーい。こんなに胸に顔を埋めてくれるドロリス初めて! 嬉しいわ」 


「リュカ、今はどこに拠点を構えているの?」


「裏路地の空き部屋を勝手に借りたわ」


「そっか。いったん案内してよ」


「え」


「え?」


 リュカの顔が真っ青になった。


 私は別に、どんなところでリュカが生活を送っていて、場合によっては沢山の労いが必要だろう、と思っただけだ。


 この女、何かを隠しているな?


「リュカ、案内」


「えっと……今その……」


「なに? 私を連れて行きたくない理由があるわけ?」


「そ、そんなこと……あー……」


「リュカ、そのスリットスカートの中身が全部顕になりたくなければ案内! 早く!」


「は、はい!」


 なんか嫌な予感がした。


 ちなみにリュカがこんな脅しが効くと誰が思うだろうか。きっとクリスタなら、「あの変態ならむしろご褒美でしょう」と言うと思う。


 でも私は知っている。リュカの秘密を、余すことなく全部ね。だからこういうのが効くと理解しているのだ。


 リュカに案内された場所は簡易的な木の家だった。意外と住み心地は良さそうだが、いかんせん立地が悪い。虫がいる。きしょ。


「あのー、ドロリスね、今その家にはちょっとお客がいるというか……なんというか……」


「そんなことだろうと思ったよ。もういいよ今さら驚かないから」


 私がドアを開けると、ガバッと突然何者かに抱きつかれた。正面からだから、リュカではない。

 ドアの奥から人が飛び出し、私に抱きついたのだ。


「な、なに!?」


「あれ? リュカお姉ちゃんじゃない?」


「はっ、はっ! ぐっ……おお!?」


 過呼吸。


 ドロリスの身体が強いから一瞬で治ったけど、それでも一撃貫通するその衝撃。


 まずドアの奥から飛び出してきた少女は半裸であった。しかし私はそこに衝撃を受けたのではない。


 その少女は白い髪を長く伸ばしており、腰のあたりでふわっとヘアゴムで結っている、優しい印象の少女だった。


 瞳は大きく、白髪に映える青い瞳が愛くるしさを加速させる。しかしその奥には勇壮さも感じられて、まるでこの世界の主人公のよう。


 ……いや、主人公そのものである。


 あろうことか、私が王国奇襲を中止してしまったばっかりに、リュカ・エンテグラスが味見をした少女というのは……


「リュカ……何やってんだお前ええ!」


 Eden本編の主人公、後に【純白の魔女】と称されるアイリス・ホワイト、その人であった。

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