第12話 心ちゃん・未来ちゃん
エルカ王国の正門には門番がいない。
それは単に能天気だからだとか、主人公の街だからというわけではない。
エルカ王国が、「魔女の国」と呼ばれるほど優れた魔女をたくさん抱えているからだ。エルカ魔女学園と呼ばれる教育機関では毎年たくさんの優秀な魔女が輩出される。ゲーム主人公のアイリスも、現在そこの生徒のはずだ。
とかく、悪人が出ようとこの街の魔女が相手になろう。という強気の表れ。今の私たちにとっては都合がいい。
「早速参りましょうドロリス様。リュカもきっとドロリス様を待っています」
「はい待った」
「ふ、ふぇ!?」
勇み足で正門へ向かうクリスタの体を、私は後ろからぎゅっと抱きしめた。
「細かいこと決めておかないとボロが出るでしょ。まず作戦会議してからにしよう」
「そ、それは正論なのですが、なぜ私を止めるために抱きつかれたのですか?」
クリスタは顔を朱色に染めて、腕をブンブン動かして問うてきた。動揺が体に出すぎだ。
「ん? 他にどう止めるっていうの?」
「腕や髪を引っ張るなどあるではありませんか!」
「推しの腕や髪を痛める真似ができるかい!!!」
「お、推し……?」
まったくクリスタは。オタク心ってものを1ミリも理解してないね。
模擬戦ならともかく、日常で推しは絶対に傷つけない。それがオタクたち、TOともなればなおさらの、自分ルールだ。
「さて、まずクリスタ、私は何のために変装魔法まで使ったと思う?」
「それはもちろん、ドロリス様の顔と名前は世界に知れ渡っていますから、身バレ防止のためです」
「そう、だからわざわざこんな顔にしたわけ」
17年付き合った自分の顔にこんなこと言いたかないが、ドロリスの美しさに少し慣れてしまうと、余計不細工に見えるのだ。ごめんね母さん。
「変装は完ぺきですが、他に何の問題が?」
ああ、気が付いてないのね。
「変装してても、クリスタが『ドロリス様』って呼んでたら意味ないでしょ」
1拍・2拍・3拍置いて、クリスタはハッとした顔になる。
「そ、そうでした!」
「クリスタって意外と天然なんだね」
「でで、ですが、ドロリス様をいったいどのようにお呼びすれば?」
「それは……」
ピコン、と頭の上に豆電球が灯った。
自然と口角が上がり、「ふふっ」と漏れたことにも自覚する。
「『心ちゃん』って呼んでほしいな」
「こっ、心ちゃん、ですか!?」
「そう、心ちゃん。呼んでみて」
「こ、心様」
「だーめ。どこの一般人に様付けする関係があるのよ。心ちゃん。はいどうぞ」
クリスタは「えぇ……」とまた顔を朱色に染めて、そして捻り出すように小さな声で、
「こ、心ちゃん」
そう呼んでくれた。
瞬間、私は後ろから倒れる。バタンと。頭打った。痛い。
「ど、ドロリス様!?」
やっっっっべぇ。クリスタ(CV星ヶ丘未来)からの本名呼びやっべぇ! これはあかんコト考えついてしまいましたなあ。
それはそれとして、
「いや、不意のことが起きても『心ちゃん』って呼ぶようにね。突然後ろに倒れたくらいでドロリスと呼ばないように」
「わ、わかりましたド……心ちゃん」
まだぎこちない感じがいいですなあ。限界オタク的には垂涎ものですよ、これ。
「クリスタの別の名前も考えた方がいいよね」
クリスタはアラン帝国の出身だ。とはいえその名はドロリス同様、世界に知れ渡っているだろう。
さすがに顔バレの心配はないと思うけど、名前バレは十分あり得る。
「ど、どのような呼ばれ方でも受け入れる所存です」
「じゃあそのまま未来ちゃんで」
「何がそのまま何ですか!?」
CVそのまま、って言っても通じないだろうね。
さあ、これで準備は完全に整った。
「よし、いざ行こうエルカ王国!」
私たちはようやく正門をくぐった。
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