第10話 黒雛心
「むっ!」
クリスタとのんびりティータイムをしていた午後。
冥血城の建つ林には、ドロリスが張った結界がある。そこに強い生命体が侵入すると、ドロリスに知らせがいくシステムになっている。
いや〜、この結界の突破は難しかったなあ。
「ドロリス様、いかがなされました?」
っと、それどころじゃなかった。
「かなり強い生命体が侵入してきた。でも数は1だね」
「まさか! ドロリス様のテリトリーに、1人で乗り込んできたというのですか?」
「まあ落ち着いて、いったん詳細を調べるから」
前にも紹介したがこの林にはたくさんゾンビがいる。そのゾンビさんと視界を共有すれば、私も誰が来たのか見ることができるのだ。めっちゃ便利。
よし、リンク成功。
さぁ〜て、どこの誰が侵入してきたか……あっ!
その姿は人間ではない。生前読んだ絵本で描かれたような、典型的な不死鳥。
フェニックスと呼ばれる、紅い鳥であった。
しかしこの世界でフェニックスはそこまで威厳ある鳥ではない。
現に今、フェニックスの首元には白い紙が巻き付けられている。
「クリスタ大丈夫。フェニックス便だ」
「フェニックス便でしたか。それなら安心ですね」
そう、この世界でフェニックスはただの郵便屋さんだ。とはいえ届くのがクソ早いので、かなりの高級品ではあるが。
クリスタが急いで窓を開け、フェニックスの到着を待った。すると5秒後、紅い毛を艶やかに立てたフェニックスが窓の淵に足をかけた。
クリスタはフェニックスの首元には巻き付けられた手紙を受け取り、フェニックスの頭を撫でて労った。優しい。好き。
「ドロリス様、手紙のご確認をお願いします」
「うん。えっと差出人は……リュカ・エンテグラス!」
リュカ・エンテグラス。ドロリス配下の諜報活動担当だ。
まーそれはそれは立派なお胸を使い諜報活動をしている。我らひんぬー族からしたら敵だが、リュカは許せてしまう。だってEdenの子たちはみな、箱推しだから!
それはそれとして、リュカからなんの手紙だろう。ひょっとしてそろそろ帰るよーって連絡かな。
【ドロリスへ
ハロー、愛しのお姉ちゃんリュカよ。
そろそろ私の胸が恋しくなってきた頃じゃない?
いいわよ、私の全部をあげちゃう♡】
え待って、書き出しでもう目が疲れた。何これ、SNSの詐欺アカウントから送られてくるママ活スパムか?
ええい、続き続き。
【それはそうとドロリス、いつまで私をエルカ王国に滞在させる気?
奇襲が中止になったから痕跡はすべて消したけど、逆に退屈になってきたわ
そろそろ町娘の一人でも味見したくなっちゃうから、早いとこ返事ちょうだいね。
リュカ・エンテグラス】
エルカ王国町娘の貞操がピンチだー!
やばいやばいやばい! 完全に王国奇襲のことと、この世界線だと戦争が起こることをすっかり忘れてた!
「ドロリス様、リュカの手紙なら私にも見せてください」
「あ、ちょクリスタ!?」
クリスタは王国奇襲中止をなぁなぁに誤魔化してきて、最近では指摘もされなくなってきた。
あっちゃ〜、これでまた蒸し返すなあ。
「そうですよ! ドロリス様、こんなのんびりしている暇はありません。早く二の矢を射たねば!」
「うっ……えっと……」
それらしいことを言おう。それらしいことを言って、切り抜け……たところで、どうせまたピンチは訪れるよな。
ならいっそ、この状況を利用するのはどうだろう。
例えば、むしろ我々から王国へ向かう。
そして……ゲーム主人公のアイリスに会う。それならば私にとってもワクワクするし、この世界にも何か変化が起きるかもしれない。
「よし、クリスタ出立の準備を」
「ゆ、行き先はどこへ?」
「もちろんエルカ王国だよ」
「危険です! ドロリス様は4大国すべてからその命を狙われている身です」
「大丈夫。変装すればいい」
「ど、ドロリス様が変装魔法を!?」
本編のドロリスは変装などしない。
なぜならドロリスは自らの容姿に誇りを持っており、なおかつ変装なんてものは弱者のやるこざかしい物と思っているからだ。
でも私は望んで、進んで変装しよう。
だってついにアイリスに会えるチャンスが巡ってきたのだから。
さて変装は……まあ、アレでいいや。いちばん理解している姿だし。
「《変装》」
「ドロリス様……そのお姿は」
「ああ、うん。まあ不細工でしょ。罵ってよ」
そばかす、ドロリスとは比較するのもおこがましい枝毛だらけの黒髪、野暮ったいメガネ、低身長、絶壁の胸。
生前の黒雛心、そのままだ。
さあクリスタからどんな罵声が浴びられるか。
「……確かにいつものドロリス様のような美しさはありません」
言葉を選んで、まあ優しい子だよ。
微笑んだのも束の間、クリスタは私の手を握った。
「でもなぜか、私はドロリス様のそのお姿にも目を惹かれます。優しくて温かい、そんな最近のドロリス様の印象を受けます」
「クリスタ……」
握られた手が、やけに温かく感じた。
そしてぽつり、ひと粒の雫がクリスタの手に落ちる。
「ど、ドロリス様!? な、何か失礼なことを言ってしまいましたでしょうか……」
クリスタはあわあわと慌てている。
そんなクリスタに、私は涙を拭いて
「ううん。ありがとうね、クリスタ」
黒雛心の、笑顔を向けた。
「さあ、行くよエルカ王国!」
「はい! お供いたします!」
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