第8話 悶々のクリスタ

 最近、ドロリス様が変だ。


「ねえクリスタ、一緒にお風呂入らない?」


 こんなこと、数日前までのドロリス様なら絶対に言わない。


 あの靴下事件。明らかにあの日から、ドロリス様がおかしい。


 頭でも打たれたのか……しかしその程度でおかしくなるような方ではないのは、私が一番理解しているつもりだ。


 それはそれとして。


「入ります」


 私はよだれを拭いた。




 冥血城地下の風呂は共用であり、入浴時間については以前ドロリス様が細かな時間を定められた。


 しかし数日前、突然ドロリス様がルールを改定された。「できれば一緒に入ろうぜ」と。


 そんな提案、私にとっては垂涎すいぜんもの。ドロリス様の柔肌をこの瞳に焼き付けることが許されたのだから、どんなに喜ばしいことか。


 これまではその柔肌を包む肌着の匂いで我慢していた。しかも見つからぬよう、こそこそと。


 それが今やドロリス様から供給が始まった。世界に革命でも起きたのでしょうか。さながら今のドロリス様は飢えた私にパンを恵んでくれる修道女シスターのよう。


 ここ数日でドロリス様は、親しみと愛を感じられる方になった。


「クリスタはよ脱げ〜」


「みきゃあああ!?」


 ただ……少し品格と威厳を失ったようにも思いますが。


 私は奪われたスカートに手を伸ばしたら、すでに真っ裸のドロリス様が視界に飛び込んできた。


「おっ、今日は水色か〜」


「ど、ドロリス様っ! いくら同性同士といっても、最低限の品格をですね……」


「美少女2人が一緒にお風呂に入る時点で、最高峰の品を誇る芸術なの。アートなの。ジャパニーズアート」


「ジャパ?」


「こちらの話。さっ、早く入らないと風邪引くよー」


「も、もうドロリス様っ! お風呂で走らないでください!」


 最近のドロリス様は意味のわからない言葉も発するようになられた。

 そして、子どものようにはしゃぐ。


「クリスタ、背中流すよ」


「そ、そんな! ドロリス様にそんなことさせられません!」


「えー、いいじゃんケチー」


「そういう問題ではなくですね、後でリュカに何言われるか……」


 リュカとは私たちの仲間で、主に諜報活動を行っている。

 現在はエルカ王国奇襲が中止になったことで、王国に残してしまった痕跡を消している最中だ。


「そういやリュカっていつ帰ってくるの?」


「まだ1週間はかかるかと」


「へえーそっか。帰ってきたら背中流してあげないとね」


 ドロリス様は話を逸らしている間に、ちゃっかり私の背中をゴシゴシ洗っている。


 ボディタオルで洗うと見せかけて、時折ドロリス様の細指が私の背に触れるものだから小恥ずかしい。


「きれーな背中」


「せ、背中に傷など剣士として二流の証拠。私はそのようなヘマはしません」


「いやそうじゃなくて。白くてもちもちですべすべで。可愛いよークリスタ」


「にゃ……」


 最近の! ドロリス様は! 本当に! もう!!


 何なんですか? 試されているんですか? ああもうまた顔が熱い!


「こ、今度は私がお流しします」


「じゃよろしく〜」


 ドロリス様は何の躊躇いもなく私に背中を向けた。


 ……数年前、ドロリス様はこうおっしゃっていた。


『人は裏切るものだ。誰であっても、己が背を見せることは死と同義と思え』


 と。


 それが今や……私に背中を向けるどころか!


「あ、ごめんそこ痒いからもうちょい強めに」


「は、はい!」


 鼻歌混じりに背中を流されているなんて!



 互いに身を清めた私とドロリス様は広い湯船に肩まで浸かった。


 ……広いのにわざわざ私に重なって入浴するのはなぜだろう。近い。ドロリス様が、近い。めっちゃいい匂いがします。ぐっ……鼻血が……


「ティアラも一緒に入ればいいのに」


「あの方は研究以外に興味を示しませんから。何を言っても無駄でしょう」


「ああ、クリスタはあんまりティアラのこと好きじゃなかったね」


「べ、別にそういうわけじゃ……」


 まただ。


 また、私を見透かしたようなことを指摘される。ティアラ様のことをよく思っていないなんて、誰にも言ってないのに。


「んー? 本当かな?」


「……ティアラ様はドロリス様に対し、たびたび不敬な言動を取られるので、……苦手です」


「靴下や肌着を盗んでたクリスタが言うとちょっと笑えるね」


「うっ……」


「でもね、クリスタ」


 ドロリス様が急に振り替えられた。背中だけでも眼福の極みだったのに、前まで! 全部! 見えてっ!?


「私はクリスタの、私を思う気持ちはしっかり理解しているよ。ありがとね」


「ドロリス……様……」


「さあ、のぼせる前に上がろうか」


「は、はい!」


 最近、ドロリス様が変だ。


 ドロリス様は威厳ある強い魔女で、品格と優雅さと余裕が常に張り付いていた。


 でも最近のドロリス様にはそれがない。


 でも、でも。


 最近のドロリス様は、優しくて温かい、太陽のような一面を見せられている。


 だから私は、少しもにょっとした気持ちになるのだ。

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