第7話 興奮

 私がハマったと公言するゲームはEdenだけだが、プレイ経験のあるゲームは十数作品ある。


 その全部がいわゆる百合ゲーと呼ばれるもので、女の子同士の恋愛的な絡みが多い作品だった。


 百合ゲーは基本シナリオ進行を目的とし、時折2択〜4択の行動をプレイヤーが選ぶ。それによってルートと、見られるストーリーが変化するのだ。

 つまり、プレイヤーが関与できるのはその選択肢が現れた時だけ。あとは受け身だ。


 私はこれらのゲームを、『シナリオ進行にほんの少し関与でき、声と絵がついた百合小説』と認識していた。



 しかしEdenは違った。



 360度スティック移動可能なアクションバトルと、オープンワールド、そしてシナリオの融合型ゲーム。これが私がハマった1番の要因だ。


 そしていま、私の目の前で銀色の剣を構える麗人、クリスタ・クインテット。


 裏設定ガイドブックに載せられた靴下の件でネタキャラ扱いされたり、おもしろ4コマ漫画キャラに地球では落ち着いてしまったが、この世界では超一流の剣士であると同時に、優秀な魔女だ。


 銀色の剣に魔力を注ぎ、銀の火花を散らす様は『麗銀の魔女剣士』の2つ名に説得力を持たせる。


 Eden本編の、中ボス。主人公であるアイリス含め仲間5人がかりでやっと倒せた超強敵だ。


「ドロリス様、先手は失礼致します!」


「オッケー。来なよ」


 ブゥン! という風を切る羽のような音と共に、クリスタは消え去った。


 クリスタの強さその1、速い。


 速さだけならドロリスを超えると言われている(ドロリスも専用魔法を使えばクリスタ以上の速さを出せるが)。


 クリスタの強さその2、無音。


 彼女の専用魔法静銀の歩みで、足音や呼吸音を消すのだ。


 クリスタの強さラスト、剣術。


「《鬼人一刀》」


 その鋭さは、まさに鬼の角のようだ。


 ガンっ! と強い音が響く。

 速く、無音で、鋭い剣に、私は何度も苦しめられてきた。いまゲームをポイっと渡されてまた倒してと言われても、一発クリアできる自信はない。


 だけど……


「私はいま、ドロリスだ」


「刃が……通らない!」


 クリスタの銀剣は、私の体表5センチほどで見えない何かに遮られている。


 これこそラスボス、ドロリスの魔法 《拒絶の壁》。

 覚醒したアイリスにしか破れなかった、最高度の魔力防壁だ。


 クリスタは一度距離を置き、再び銀剣を構えた。諦めの2文字はない。さすがだ。


「クリスタ、初めて会った時と同じだよね?」


「……そうでしたね。ドロリス様には刃が通らない。数年ぶりの手合わせでしたので、失念しておりました」


 そう、この流れは2周目のエンディングで流れるドロリスの幹部勧誘エピソードに収録されていた。私的にはちょっとエモいが、クリスタにとっては数年経っても埋まらぬ差に落ち込んでいることだろう。


「今度は私から行くよ! 《紫翼》 《不可視の千手》」


《紫翼》により飛び、上空から 《不可視の千手》で殴り込む。


 ドロリスの典型的な攻撃パターンだ。自分で再現できるなんて夢にも思わなかったよ。


《不可視の千手》がクリスタを襲う。彼女には魔力の手が見えないはずだけど、殺気を読んでいるのだろう。次々と銀剣で手を切り落としていた。


「やるね!」


 しかしクリスタの顔は苦痛に歪み始める。

 彼女はすべての手を切れているわけではないのだ。せいぜい同時に対応できるのは5本まで。


「ううっ……くっ!」


 あれ……クリスタってこんなに顔を歪ませる子だったっけ。

 ちょっとだけ、この体に流れる血がドクンと脈打った気がした。


 アイリスたちにトドメを刺される時も、彼女は顔を歪めなかった。それはきっと、ドロリスの配下であることに誇りを持っているから。


 でも……ドロリスには、私には、そんな苦痛に歪んだ顔も見せてくれるんだ!


「……あはっ☆」


《不可視の千手》に指示を出す。


 クリスタをこの辺りで一番大きな木に誘い込んで、そして両手両足を同時に手で木に縛り付けた。


「がっ……あ……」


「両手両足を縛られては、いくらクリスタでも抜け出せないでしょ」


「そう……ですね。不甲斐ないばかりです」


「いいんだよ。だってまだ、クリスタは本気の本気を出していないんだから」


「……どういうことです? 私は本気で……」


 ハッと、クリスタは何かに気がついたような顔をした。


 裏設定ガイドブックのドロリス関連の情報で、1番世間を騒がせた情報がある。


 それは、


『ドロリスの配下は彼女からの口づけで魔力を貰い、一時的に超覚醒に至る』


 というもの。


 しかしこれは本編では未登場だ。総合監督曰く、「ゲームの難易度が上がりすぎた」ためらしい。


 でも転生した私に、そんなこと関係ない。


 私は端正なクリスタの顎をクイっと持ち上げ、エメラルドのような翠眼を見つめる。


「私の知らないクリスタ、もっと見せてほしいな」


 私の言葉を契機に、クリスタの顔が茹でだこの如く朱色に染まった。


「お、おおお待ちください! ドロリス様のベーゼはそう易々と……」


「ふふ、クリスタってキスのことベーゼって言うんだ。恥ずかしいの?」


「ふにゃ、にゃ〜!!!」


 クリスタは、《不可視の千手》から解放されようとジタバタ動き始めた。


「もう、暴れないの。キスできないじゃん」


「にゃにゃにゃ、にゃー!」


「……クリスタってそんな猫っぽい子だったっけ」


 ふと、ミシミシという音が薄暗い林に響いた。


 そして次の瞬間、クリスタは 《不可視の千手》に縛られたまま大木を背筋で持ち上げてしまった。


「うっそー!?」


 と、この衝撃で私は我に帰った。


 ……あれ、ちょっと興奮しすぎてやべえ女になってたかな、私。


《不可視の千手》を解いてあげると、クリスタは未だ「にゃーにゃー」言いながら冥血城に逃げ帰っていった。さすがゲーム最速。逃げ足も速い。


「ってかどうした私! いきなりキスを迫るなんて……いや裏設定にあるから試したくなったのはそうだけど……でも……」


 ああダメだダメだ! 私まで恥ずかしくなってきた!


 今のは魔力放出を怠ったことによる熱のせい。うん、そういうことにしておこう。

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