第6話 今を楽しく今を生きよ

「さぁーて、やりますか」


 ティアラに解放された私は、溜まった魔力を放出するために冥血城めいけつじょうの外にやって来た。


 ちなみにティアラとは研究に協力する代わりに2つ約束を交わした。


 1つ、現在のドロリスが黒雛心であることは2人だけの秘密とする。

 1つ、この世界は元々創作の世界であったことも秘密とする。


 ティアラは口が硬いと思うし、自身の研究意外に興味を持つ子じゃないから大丈夫だろう。


「にしても懐かしい景色だね」


 冥血城は薄暗い林の中に建てられていて、その名の通り黒寄りの赤な外観が恐怖心を煽ってくる。初見プレイ時にはまあまあビビったものだ。


 そしてこの林には、いくつかドロリスが仕掛けた罠がある。例えば……


「うあ…………ア……」


 雑魚ゾンビさんが多数配置されている、とかね。


 そもそもこの林にたどり着く時点で魔女や剣士としては一流なのだから、ゾンビさんでは時間稼ぎにもならない。しかしゾンビを倒すと、ドロリスに侵入がバレるのだ。


 Eden本編ではゾンビを倒すと城からビームが出てくる罠が仕掛けられているのに、ゾンビを倒さなければいつの間にか大量に集まって数の暴力で叩き潰されてしまう鬼畜仕様だ。ラスボスの居城前なのだから当たり前だけど。


「ここの攻略は苦労したねえ。アイリスの《閃光》魔法でゾンビを目眩しして突破するなんて、攻略サイトを見なければ思いつきもしなかったよ。《閃光》は割と序盤の無名時代に覚える魔法だから盲点だったなあ」


 なんて懐かしむような独り言を呟く間に、ゾンビさんは私に一礼した。私にというより、ドロリスにだ。


「忠誠を誓ってくれたところ悪いんだけど、ちょっと実験させてね」


「ンアッ!?」


《不可視の千手》。ドロリスが頻繁に使う便利な魔法だ。

 文字通り、ドロリス以外には見えない千本の手が現れ、敵を殴る・掴む・叩く何でもあり。


 その正体はドロリスの余りある魔力を固めて手の形に成形しただけの、いたってシンプルなものだ。

 いまこの体は魂こそ黒雛心だけど、それ以外はすべてドロリスのまま。だから魔法の使い方もドロリスの身体が覚えている!


 ゾンビさんを掴んでポイっと投げた。流石にゾンビとはいえ忠誠を誓ってくれている子を痛めつけるのは嫌なので、落ち葉が溜まったところにそっとだ。


「うんうん、これが魔法かあ」


 何度も何度も繰り返すが、ドロリスは現状で世界最強の魔女だ。


「《火燕》 《水牢》 《黒将の刃》」


 燃やす、濡らす、空気を斬る!


 誰もが憧れた魔法。それがいま、自由自在・思った通りに操れる!


 とは言っても不可能なこともある。例えば、《世界崩壊魔法》はドロリスでも魔力が足りないし、《未来視》は人生で1度しか使えない魔法だ。すでに使われている以上、私には関係ない魔法だ。私のせいで未来も変わっていることだろう。


 あらかたの魔法を試してみて、いつしか熱も引いた気がした。やはり体調不良は魔力放出を怠ったことが原因だったらしい。


「うんうん、ドロリスが使っていた魔法は私が知っているし、魔法の使い方はドロリスの身体が覚えているし、問題ないじゃん」


「ドロリス様っ!?」


 この声……クリスタ!


 クリスタは冥血城のフェイク部分、洋城の窓から私を覗いていた。そしてさすが剣士、窓から飛び降り颯爽と私の前に駆けつけた。


「お身体は大丈夫なのですか?」


「うん。半日大人しく寝てたら治ったよ」


 ホントはティアラのところ行ってたけど。


「よかった……ドロリス様に万一のことがあったらと思うとこのクリスタ……」


 クリスタは瞳に涙を浮かべて微笑んだ。


「はいはい、心配かけたね。ありがとうクリスタ」


 そんな彼女の頭を優しく撫でてあげる。するとクリスタは潤んだ目を丸くしていた。


「……どしたの」


「ドロリス様がこんなに優しいの初めてで……あっいえ! 失礼しました、無礼な物言いをどうかお許しください」


 クリスタは片膝を地につけて謝罪した。


 そうか、本物のドロリスなら頭を撫でたりしないわな。


 ドロリスは常に冷静で合理的で優雅な女だ。優しさが無いわけではないが、それを表に出すことは一切しない。


「クリスタ、今の私にも忠誠を誓ってくれる?」


「そ、それはどういう意味でしょうか?」


「うーん難しいね、ごめんね」


「……?」


 クリスタが忠誠を誓ったのは本物のドロリスだ。私ではない。


「…………まっ、どーでもいっか!」


「ドロリス様?」


 小難しいこと、哲学的なこと、答えのないこと


 この3つは、バカな私が考えたって仕方がない。


 だから私は今が楽しいと思った通りに生きる。正解か不正解かは、死ぬ時に教えてくれるはずだ。

 そして死んで、ドロリスになった。これにも何か意味があるのだろう。


 私の解釈は、ここでも楽しいと思った通りに生きる! これだ!


「よーっしクリスタ、少し手合わせをしない?」


「ど、ドロリス様直々に手合わせですか!?」


「嫌だったかな?」


「そんなはずありません! このクリスタ、胸を借りるつもりで挑ませていただきます!」


 クリスタとの手合わせ。それは、私にとって意味のある行為だ。


 だって生前唯一ハマったゲームのラスボスを使って、難敵だった中ボスと戦うんだよ? そんなのロマンを感じないわけないでしょ。


 さあ、クリスタ・クインテット。貴女と戦うのはこれで4回目。


 今度はプレイアブルキャラクター:ドロリスで、楽しませてもらおうじゃないの!

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