第5話 ぽきゅーん(バレました)

 大きな琥珀色の瞳に、痛みを錯覚させるほど強く睨まれる。


「もう一度問う。ドロリス・シュヴァルツの中にいるお前は、誰?」


 ティアラは表情一つ変えることなく、私に問うてきた。


 ど、どうする……ここは誤魔化すしかないか!?


「な、何のことかなティアラ。私はッ!」


 誤魔化す私の首を、ティアラの小さな手が締めた。

 くそ、ドロリスめ細すぎるんだよ。もっと食え!


「てぃ、ティアラ……」


「私の研究は魔法・魔術・創世・魂。あらゆるものに関与している。誤魔化しは、死を早めると知った方がいい」


 魂の研究か。

 そういえば裏設定ガイドブックに載ってたね。小難しいから唯一流し読みしたところだよ。


 私は降参だと言わんばかりに両手を挙げた。

 1秒の間を置いて、ティアラは私の首を解放してくれた。首を絞められたのに咳き込みすらしないのは、ドロリスの身体になったおかげか。


「さあ聞かせて。お前は誰?」


「……私は黒雛心」


 そこからは正直に打ち明けた。


 私が地球の日本という、こことは別の世界からやって来たこと。

 私の世界から見たら、ここはゲームの中の世界であることも。


「ふむ、つまり私たちはあくまでお前の世界の人間に作られた創作上の産物でしかない、と」


「でも私はドロリスになってみて、この世界でも地球と変わらない生を実感した。これを空想や妄想だとは思いたくない。事実、私たちは今日エルカ王国を奇襲するつもりだったけど中止した。これはゲームでは起こり得ないルートだから、誰かの筋書きということはないと思う」


 原作から外れた、オリジナルのストーリー。

 それがきっと、ここEdenを創作と実物に分ける分水嶺なのだと思う。その鍵が、僭越ながら私。


 ティアラはぶつぶつと呟きながら、そしてニヤッと口角を上げた。


「魂と、この世界。まだまだ研究できることはたくさんある」


「その、ティアラは悲しくないの? ドロリスはもうここにはいないけど」


「別に。あいつのことはただの研究対象でしかなかったから」


「そ、そっか」


 それはちゃんと設定通りなんだね。


 クリスタと、まだ会えていないがリュカはドロリスに好意を抱いている。でもティアラはそうではないのだ。


「むしろ黒雛心。私はお前に興味を持った。診察台で横になれ」


「え、ええ……」


 急展開だ。そもそも私は体調不良気味なのを治しにここへ来たのに。


 渋々ティアラの言葉に従おうと診察台に乗ると、ペチンと尻を叩かれた。


「何をしている服を脱げ。魔伝チューブが通らない」


「ふ、服を!?」


「何度もやって来た……いやお前は違うか。とりあえず脱げ」


「は、はい」


 何度もやってきたんだ。それは裏設定ガイドブックにも書いてなかったから鼻血ものだが?

 しかしさすがドロリスの身体。この程度で鼻の血管は暴走しないらしい。


 おずおずと服を脱いでいく。ドロリスは黒いローブを着ているから、着脱は楽だ。

 意外に可愛い下着も脱いで、ティアラを呼ぶ。


「ぬ、脱げたけど」


「よし……ッ! お、お前なんでパンツまで脱いでいる!?」


 ティアラは全裸の私を見て、一瞬で顔をゆでだこのように赤くしてしまった。ティアラのこんな顔は設定集にも載っていなかった。


「え!? 違った!?」


「魔伝チューブが通ればいい! さっさとパンツを履けこの変態!」


「えー……」


 難しいなあ、常識がわからん。

 いや、もしかして今の私って病院で聴診器を当てる時にパンツまで脱いだ奴と同義なのか? じゃあ変態じゃん。


 とりあえずパンツを履いてもう一度ティアラを呼ぶと、まだほんの少し頬が赤いティアラが直径5センチほどのチューブを3本持ってきた。まあまあ太い。そして怖い。何されるん私。


「よっと」


「ひゃん!?」


 チューブの先は吸盤状になっていて、私の皮膚に吸い付いた。冷たくて艶っぽい声が出たんだけど。ハズっ。


 ティアラはまた頬を染めながらも、私の心臓、へそ、そして額にチューブを付けた。


「《魔力解析》」


 おお、ティアラの解析魔法だ。本編では一度も使っているシーンは見られず、存在だけを知らされていたのでちょっと感動してる。


「……魔力含有量が通常の3.19倍に膨れている。お前、熱っぽくないか?」


「そうだよ! そもそもここへ来たのは体調不良気味を治してもらうためだったんだから」


「お前の世界に魔法や魔力はないと言ったな」


「うん。創作の世界の話だけ」


「……お前、魔力放出を怠ってはいないか?」


「あっ……」


 魔力放出とはドロリスの日課のようなものだ。


 繰り返すがドロリス・シュヴァルツは最強の魔女だ。もちろん、魔力量だってこの世界でNo1である。


 ドロリスの体内では常に大量の魔力が生み出し続けられる。それが身体に溜まりすぎないようドロリスは1日1回、魔力を放出するのだ。それが祟りだの言われ恐れを買い、出身地を追い出され悪名高い魔女になったのはまた別の話。


「発熱はそこから。魔力含有量の異常もお前の怠慢が招いたもの」


「た、怠慢って……」


 昨日は転生したばっかりで忙しかったし。まあクリスタの靴下の匂いを嗅ぐのに夢中でさっぱり忘れていたけど。


「発熱は不可視の千手で魔力を放出すればいい。あとはこちらの解析だけど……」


 ティアラはまたぶつぶつと何かを呟き始めた。


 結局、ティアラに解放されたのは3時間もチューブに繋がれた後だった。その間、ずっと上裸。

 でもドロリスの裸は綺麗だったのでOKです!

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