第4話 冥血城の主

「どぅわ! 73.6℃!?」


 私がドロリスに転生した翌朝。


 体調が悪い。でもとりあえず目が覚めても自分がドロリスか、あれは夢ではなかったのか。それらを確かめるために姿鏡の前に立ってみた。


 結果私はドロリスだった。夢じゃない。良かったようなダメなような。

 百合ハーレムを築けるならいっか。なんて考えていたら興奮して熱が上がり、体温計を脇に挟んだらこの数値が出た。


「人間ってこんな体温出るものだっけか」


 自問したけど、んなわけがない。人生最高でも40℃ちょい。それでも鬼しんどかった。


 73.6℃……たぶん普通の人間なら死んでしまうだろう。それでも私が生きていて、しかも「なんか体調悪いなー」くらいのテンションでいられるのは身体がドロリスだからに違いない。


 しかし困った。これではいつ死ぬかわからない。今度死んだら誰に転生してしまうか分からんからね。裏設定ガイドブックまで読み込んだEdenの世界に転生できたのは僥倖なのだ。


 さあ、困った時はどうするか。


「よし、冥血城めいけつじょうの主に会いに行こう」


 冥血城とはここドロリスの部屋や、クリスタの部屋を有する城ことだ。意外に思うかもしれないけど、ドロリスの城の主はドロリスではない。


 冥血城は外からの見た目こそ洋風の小城だけど、本体は地下にあるのだ。何を隠そうこの部屋やリビング・キッチンがあるのも地下なのである。


 そんな地下の最奥に、彼女はいる。


 ふらつく足取りで数分。目的の部屋まで辿り着いた。鉄製のドアには「開放厳禁」と記されており、ここを開けることは許されていない。ただし、ドロリス・シュヴァルツだけは別だ。


 それにしてもあの子に会えるなんて。楽しみだな〜。

 私は鼻歌混じりに、小気味良く鉄製のドアを開けた。


「ティアラ〜、なんか熱が出たんだけど……」


 ティアラ。この城の主の名だ。

 鉄製のドアの先には割れた試験管や緑色の液体があちこちに散乱しており、ゾンビ映画のプロローグのようだった。Eden本編をプレイしていなかったら叫んでいたと思う。


 ティアラは本編ではドロリスの味方ではなく、中立的な立場で登場する。


 ではなぜ冥血城を貸してもらえるのかというと、ティアラは研究者だからだ。最強の魔女ドロリスの研究をする代わりに屋敷を提供する。そういう契約である。


 ティアラは誰の敵でもないし、味方でもない。ゲーム本編では隠しキャラとして登場し、ある条件を満たすとアイリスがこの部屋への入室許可を得て、白魔法が強化されるのだ。まあドロリスを簡単に倒すためのいわゆるRTA要員だね。


「にしてもティアラいないじゃん。9割9分ここにいるのに」


 そっと大テーブルを覗き込むと、ギョッとした。


 なんと薄暗い床にティアラが倒れていたのである。


「ちょティアラ! 大丈夫!?」


 飴細工のような、ティアラの精緻せいちな上半身を持ち上げる。

 サラサラの金髪は薄暗い部屋のわずかな光をよく反射しており、彼女の美貌を際立たせた。


 ぷにぷにの腕、短い胴と足。公式プロフィールで身長137cm。


 幼女だ。ティアラは「全知の魔女」と呼ばれるほどの天才だが、見た目幼女なのだ。実年齢は100を軽く超えているらしいけど。


「ん……」


 ティアラは幼女らしい大きな瞳をゆっくり開けた。琥珀色の綺麗な水晶が私の顔を捉える。


「誰?」


「誰……ってドロリスだけど」


「そう、お前はドロリス。でもそれは表面上でしかない」


 ティアラは立ち上がった。そして再度私を見て、問う。


「ドロリスの中にいるお前は、誰?」


 心臓がばくんと跳ねた。


 この子……一瞬でドロリスの中にいる私を見抜いた!?

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