第3話 クリスタ・クインテット
銀色の髪をポニーテールに結った剣士クリスタが、震える人差し指を立てて、これまた震える声を絞る。
「も、もう一度おっしゃってください。今なんと……?」
「ごめん 明日のエルカ帝国奇襲 いったんナシで」
「聞き間違いでは……ない!?」
クリスタは漫画だったら「がびーん」的な効果音が発生するくらい、大きく狼狽した。
クリスタは常に冷静沈着な子だ。ここまで表情を崩したのは初めてではないだろうか。
「というかドロリス様、どこか口調がいつもと違うような……」
しまった! ドロリスは典型的なラスボス風の言葉遣いであることを忘れていた!
でもあれは疲れるだろうなあ。『これより我らの足元は屍に染まる。さあ蹂躙の時間だ!』的なやつは真似しようと思ってできるものでもないし……
ここはクリスタが悪い方向へ持っていこう。ごめんクリスタ、生前アクリルスタンドとかタペストリー買ったから許して。
「クリスタ、私を疑うの?」
「ま、まさか! たとえこの世界のどんな魔女であろうとドロリス様の精神を支配できるはずがありません」
ただの日本の小娘に支配されたけどね、とは言えないな。
「その通り。私はドロリス。この世界最強の魔女だからね」
アイリスが無名で覚醒前の今のところは、だけど。
「し、しかしなぜ前日になってエルカ王国奇襲を中止に? リュカの調査でも問題はなかったではありませんか」
おおリュカ! あのセクシー諜報お姉さん!
そっかそっか、ドロリスとして生きていればいつかあの大きな胸を拝めるんだね。いや楽しみだ。
「……ドロリス様? 上の空ではございませんか?」
「まさか。私を疑うというの?」
「滅相もございません」
楽だ。
崇拝している人間を騙すのって、楽だ。なんか私、よくないことを知ってしまった気がする。
でもまあ、それらしい理由を言っておかないとクリスタからの疑惑は晴れないし、諜報活動してくれたリュカに申し訳ない。
裏設定ガイドブックに載っていたことだけど、リュカはこの調査で3日もお風呂に入れず大変だったようだから。
「理由はそう、シンプルなもの」
「シンプルでございますか」
「ええ」
「…………」
「…………」
思い……つかない!
無理だよ! ドロリスになって1時間もせずに、エルカ王国奇襲をやめる理由なんて思いつくはずがないよ!
こうなったら仕方がない。裏設定ガイドブックを隅から隅まで読み込んだ私の力、見せてやる。
悪いねクリスタ。相手が悪かったよ。
「私の靴下」
「……は?」
「私の靴下の匂い、気になるの?」
唐突な話題逸らしに聞こえたことだろう。
しかし、このクリスタ・クインテットという女にとってはそうではない。
その証拠にクリスタは片膝を床に着きながら、ダラダラと滝汗を流し始めていた。
クリスタ・クインテットの秘密その①
ドロリスがシャワーを浴びる際や洗濯の際、ドロリス靴下や肌着をこっそり部屋に持ち出し、鼻に近づけ、スゥッ! とひと吸いする。
そう、クリスタはドロリスへの忠誠が空回りして、愛が拗れて変態になったのだ。もちろんそういうのに疎いドロリスは彼女の変態行動に気がついていない。
これを利用しない手はない。題して、『クリスタの秘密と羞恥心を利用して、私の体調悪化を見抜いてくれたんだよね? ってことにしよう大作戦』だ。
「靴下には老廃物が付着する。クリスタ、聡明なあなたは私の体調悪化の前兆を掴むために匂いを嗅いだ。違うかしら?」
「はっ、ぐっ、ああっ!」
肯定なのか否定なのか。たぶんどちらでもない。恥ずかしさで叫びたい気持ちをグッと堪えているだけだ。
「私はクリスタを信頼している。もし私が本調子を出せなければ、王国の魔力結晶を奪うことはできず死ぬ」
だから、明日は中止なんだよ。と暗に伝えた。
滝汗を顔に流したクリスタは、【麗銀の魔女剣士】の異名はどこへやら。トマトのように真っ赤な顔を歪めながら
「ひゃい」
としか返事ができなかったようだ。
ふう、これで明日の件は一件落着。これで王国奇襲はどうにかなった。まあ、同時に明日仮病で寝込まないといけなくなったけど。
「体調不良がうつると大変だから部屋に戻りなさい」
「ひゃい」
クリスタは魂が抜けたようにフラフラ立ち上がり、私の部屋から出ようとした。
その時ふと、私は思い立ってクリスタを呼び止めた。
「待ってクリスタ。もしかしたら、もうクリスタにも体調不良のサインが出ているかも」
「え? そ、そのようなことは……」
「わからないでしょう。こっちに来なさい。早く!」
「ええっ!? は、はい!」
声を強め、クリスタをベッドへ誘い込んだ。
美少女2人が同じベッドの上、何も起きないはずはなく。
私は困惑するクリスタの、シミひとつない雪肌の足を掴んだ。
「ふぇ!? ど、ドロリス様なにを!?」
「あなたの靴下の匂いを嗅ぐわ」
「な、なぜですか!? 意味がわかりません!」
「あれ? 体調不良のサインは靴下の匂いでわかるのではなかったの?」
「そ、そんなはずないです!」
「ほほう。じゃあなぜクリスタは私の靴下を!?」
「そうです! 靴下で体調悪化を見抜けます!」
へへへ、自らの悪行を誤魔化すために、そういうことにしてしまったのはクリスタ自身だ。逃げられるはずがないよなあ!
悪いねクリスタ。私はこのEdenでは箱推しだけど、顔面だけならアンタが一番好みなんだよ。
だから嗅ぎたい。ぜひとも嗅ぎたい。美少女の、クリスタの、靴下を、存分に!
クリスタの靴下は何の飾り気もない純白のものだった。だがそれがいい! クリスタに着飾りなど無用! ただし着飾っていたとしてもそれはそれで良し! 全肯定厄介オタクですこんにちは!
アカン、私も空回りしてきているね。では、テイスティングを。
私は生前より高くなった鼻筋を気にしながら、ゆっくりクリスタの足指へ鼻を這わした。当のクリスタは両手でお顔を隠してしまっているが、顔が真っ赤なのは耳を見れば明らかだ。
「ドロリス様、やっぱりやめ……」
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
「みきゃぁぁあ!?」
問い:美少女の靴下からはどんな匂いがするか
A:お花の匂い
B:バニラの匂い
C:紅茶の匂い
正解はD! ちゃんと1日履き潰した靴下の匂いだ! でも不快な臭さではない! 例えるならローストしたナッツ類だね。
「うん、クリスタは健康体だね」
返事がない。どうしたと靴下から顔を離すと、クリスタは顔を手で覆ってベッドでピクピク痙攣していた。
「も、もうお嫁に行けません」
「行かせねえよ、私のクリスタなんだから」
せっかくドロリスになって、スローライフ的に動ける目処が立ったのだ。私だって主人公アイリスみたいに、百合ハーレムを作りたいじゃないか。その一員にクリスタは必要不可欠!
やがてクリスタはよろよろと立ち上がり、しかしまだ朱色のままの顔を隠しながら器用にドロリスの部屋から出ていった。
「いやー、やり過ぎたか?」
でもクリスタの初めて見る顔や聞く声が満載で楽しかったなあ。またいつか仕掛けよう。
その後嘘から出た誠か。私はなんだか眩暈がして早めに寝ることにした。次の日、しっかり熱が出て体調不良になったんだから恐ろしい。まあ、王国奇襲がなあなあの内に流れそうでよかったよかった。
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