5-11 暁からの訴え
新学期になった。
いつもは冬休みに何したどこに行ったという話題で盛り上がる教室は、蒼の夜の話、一色だった。
栄一が犠牲になったのかを確かめようという流れは弱くなっているが、今日、担任教諭から何も説明がなければ再び勢いを増しそうな雰囲気だ。
「もしそうなら、南はもう、いないってことだよな」
「魔物に、やられたかもしれないなんてな」
佐々木、田中、山崎の三人は暗い顔だ。
朝のホームルームの時間になり、教師が姿を見せる。
教室のあちこちから早速栄一の安否についての質問があがった。
「まずは始業式で、暁の人の話を聞くことになっている。それを聞いてからだ」
教師は強めの口調で断言した。
始業式に暁の人が来るのか?
教室がざわめいた。
司も驚いていた。律が対策を講じると言っていたのはこれだろうか。
てっきり、体育館で全校生徒が集まった中で壇上で暁の人が話すのかと思っていたが、始業式は教室でリモート開催となった。
まずは校長の短い話があり、すぐに画面が切り替わった。
そこに現れた人物に、見覚えがあった。
美咲のパーティリーダーだ。確か
柔和な顔だが目つきは鋭い。笑顔さえも計算の上と言われても納得する、と司は彼の控えめな笑顔を見て思った。
『みなさん、おはようございます。暁の職員の里村です。この近くに発生する蒼の夜の魔物対策をしています』
モニターの向こうの里村が軽く頭を下げる。
このリモート放送は近隣の学校全てにつながっているらしい。
『二日にあった総理大臣の発表を直接見た人もいると思いますが、暁からみなさんに、蒼の夜についてのお話と、守ってもらいたいお願いを話させてください』
里村はずっとモニターを見つめたまま、蒼の夜について説明する。
原稿はあるのだろうが里村は一切下を向かない。覚え込んでいるようだ。
内容は総理大臣が話したことと変わらない。ただ、小学校にもつながっているからか、里村の口調はゆっくりで柔らかく、子供にも理解しやすい言葉になっている。
『暁は、分かりやすいたとえとして、救急車に乗っている救命士だと思ってください。急病の人や怪我をした人のところに来てくれる人達ですね。暁の人もそうです。蒼の夜が出たという報せを受けてその場に駆けつけます』
なるほど、うまいたとえだなと司は聞き入った。
子供達に対する親切な配慮だ、と思ったが、次の里村の言葉に息を飲んだ。
『魔物がいれば退治します。でも、暁がその場所に行くまでに魔物に殺された人の命は、助けられません。事故の現場で死んでしまった人は助けられない救急車の人達と同じです』
クラスの皆も、それぞれの反応をした。
なんだよそれ、という声が隣のクラスから聞こえた。大きな騒ぎになる前に教師に「静かに」と制されたようだ。
『わざと強い言葉で言いましたが、これを判ってもらわないと、困るのです』
生徒達の反応を予測しているのだろう。里村の声も、言葉も、より一層ゆっくりになると同時に大きくなった。
少しの間を空けて、再び落ち着いた声の里村がその理由を説明し始める。
暁はきちんとした組織だが、魔物を倒してくれるのは蒼の夜の中でも動ける人達だけだ。当然、正規の職員だけでは足りない。
総理大臣の発表にもあったように、暁に無償で強力してくれている人達がいるから、魔物を退治できているのだと言える。
だが年始の発表以降、暁への協力を考え直したいという人達が出始めている。
誹謗中傷のせいだ。
蒼の夜が発生してから戦える人が駆けつけるまでに犠牲者が出てしまった場合、魔物退治をしてくれた人に「どうしてもっと早く来なかった」「おまえのせいで人が死んだ」など心無い言葉をかける人がいるのだそうだ。
『さっきたとえで言った事故現場に助けにきた救急車の人に、あなたのせいで人が死んだ、と言っているようなものですね。おかしいでしょう。事故を起こした人が言われるならともかく、助けに来た人のせいにするのは』
張り詰めた空気の教室の中で、それはそうだ。というつぶやきが聞こえた。
『我々は一所懸命です。皆さんを助けたいから命を懸けて頑張っています。けれどそんなことを言われ続ければ、心が折れてしまいます。ですから、みなさんには助けてしてほしいのです』
暁に協力するのは何も直接魔物と戦うだけではない、と里村は言う。
蒼の夜が起こった時、奇跡的に動けるのならすぐにその場を離れて暁に通報してほしいこと。
魔物と戦っている人を撮影しないこと。
ましてやSNSに投稿しないこと。
これら全てが、暁の活動を助けることになるのだ、と里村は締めくくった。
『蒼の夜がどうしてできるのかは調べています。みなさんの「協力」があれば早くわかるかもしれません。どうか、よろしくお願いします』
里村は頭を下げ、モニターの画面は校長に切り替わった。
クラスメイト達は、その後の校長の話はあまり聞いていない。
蒼の夜の発生原因がわかるかもしれない。
里村の言葉は明るい材料として生徒達を笑顔にした。
最後にそう持ってくるの、うまいなぁ、と司は感心していた。
丁度いい。佐々木達には今日、話そう。
いいきっかけをくれた里村に感謝した。
放課後、司は佐々木達に声をかけた。
「ちょっと、話したいことがあるんだ」
「ん? なんだ?」
「……カラオケ行かないか?」
「えっ?」
佐々木達はすごく驚いている。
始業式の後、担任から改めて栄一が蒼の夜の犠牲となってしまったことが告げられていた。
そんな日に騒ぎに行く気か、といったところか。
「えっと、歌いに行くんじゃなくて」
「秘密の話か」
田中が察してくれた。
もしかすると、蒼の夜関係というのも気づいたのかもしれない。
四人は言葉少なくカラオケ店へ向かった。
「南帰って来い会、以来だな」
田中がぼそりとつぶやいた。
「あの頃は事件か事故かって思ってたけど、……実は、もう帰ってこないんじゃないか、とも思ってた」
佐々木が申し訳なさそうに告白するのに山崎もうなずいている。
部屋は偶然にも「南帰って来い会」と同じ部屋だった。
「そういえば氷室が急に部屋を抜け出してトイレ行ったよな」
雰囲気を明るくしようとしてか、佐々木が笑って言う。
が、それが司の本題に繋がっているのだということに、気づいたようだ。
「おい、もしかして……」
「うん。あの時、蒼の夜だったんだ。俺は、暁に協力してる」
黙っててごめんと頭を下げると、佐々木達はしばし言葉を失っていた。
「……いつから?」
「高二になってすぐ。巻き込まれたのを助けてもらって、協力を頼まれて、どうしようか悩んだけど……」
司は今までのことを話した。
栄一に「そういうのは戦える人におまかせー」と言われて決心したことも。
「きっかけがあいつの一言だったのに、友達が巻き込まれた時に守れるようにって思ってたのに、……守れなかった。ごめん」
今でもそれを思うと悔しい。
「けど、俺らのことは守ってくれたじゃないか」
田中が言う。ここで起こった蒼の夜の魔物は司が退治した。つまり自分達は司に助けられたんだ、と。
「そうだよ。それに、今日の放送の人も言ってた。間に合わなかったとしても暁の人達のせいじゃないって」
「氷室くん、ずっと黙っててすごいね。僕なら辛くて誰かに話してしまうよ」
佐々木と山崎も自分を責めることはなかった。
救われた気がした。
あぁ、俺、心の中でずっとそう言ってほしかったんだ。
気づいて、ちょっと卑怯だなという自責がこみ上げてくる。
同時に、もうこれ以上彼らに黙っていなくてよくなったんだと安堵も生まれる。
「これからも蒼の夜が起こったら、よろしくな」
「俺らなんもできないけど」
「いや、黙ってることも協力なんだよね。でも、そんな何度も巻き込まれるのいやだな」
あはは、と笑いが上がった。
久しぶりに聞いた友人の笑い声に、これからも「守れる人」であり続けようと司は改めて思った。
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