5-10 自由に生きろ

 三が日が過ぎて司は自宅に戻っていた。


 世間の「蒼の夜」の発表への対応は様々だが、律が心配し司が予想していたよりは静かだと感じる。


 蒼の夜が発生した場所は異空間となり、解消されると元に戻る。

 それゆえ、発生した場所によってはいきなり車や人、電車などが現れて事故が起こる可能性が出てくる。

 そう発表されて、鉄道、航空会社は減速減便を発表したのが一番大きな実害だったが、命には代えられないという雰囲気だ。


 それよりももっと身近なところで、頭を悩ませる反応がある。


 司は律に「相談したいことがあります」と連絡を取ってトラストスタッフを訪れる。


「こんにちは、あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます」


 律の部屋には遥も来ていた。

 二人に新年のあいさつをされて、司も同じように返すが全然おめでたい気分ではなかった。


「それで、相談は、蒼の夜のことかな」


 応接セットのソファに腰かけた律が早速とばかりに切り出す。

 ここに来てそれ以外だったら驚くよね、といわんばかりの確信的な顔と声だ。

 まぁその通りなんだけれどと司はうなずいた。


「二日に蒼の夜のことが発表されてから、クラスのみんなが南のことで騒いでるんです」


 皆、栄一が蒼の夜に巻き込まれたのではないかという憶測の真偽を確かめたがっている。栄一の両親に確かめようかという過激な意見も出て、さすがにそれはまずいと却下されたが、そうしたいくらいの不安が広がっている。


 蒼の夜で魔物の犠牲になった例がほんの近くにあるかもしれないという恐怖のせいだろう。

 そしてそれは、暁への非難にもつながっている。

 暁の関係者を見つけて問いただせばいいのではないかという意見には、あまり反対する人はいない。


 司の話を時々相槌をうって聞いていた律は、司が何を問いたいのかを理解したようだ。


「俺が南がどうなったのか知ってることとか、暁に協力していることとか、話してもいいんでしょうか」


 司が質問を口にすると、律は難しい顔になって「なるほど難しいね」とうなった。


「氷室くんはどうして自分が暁に協力していることを明かそうかと思ってるんだ?」


 暁へ非難が向いているのに、自分がそこに属しているのを伝えるのはいい手だとは思えないと律が言う。


「南がどうなったのかを知っているのを話したら、バレるかな、って」


 後から知られていろいろ言われるよりは自分から話した方がいいのかもしれない、と考えたのだ。

 律はなるほどとうなずいた。


「それでもやっぱり僕は反対かな。その騒ぎに関しては手を打つよ。暁の方から正式に、君のクラスに真相が伝わるようにする」

「ありがとうございます」


 騒ぎを収める手段を講じてくれるという律を、司は信じることにした。


「一番信頼できる人には、話していいと思う」


 遥の提案に司も律も驚いて彼女を見た。


「ずっと一人で抱え込むのって、つらいでしょう? 話すことで氷室くんの負担が減るならいいと思うの」


 ただし、と遥が言う。話した相手から外に漏れる可能性はあるのだから、そこは自己責任で、と。


「判りました。ありがとうございます」


 礼を言いながら、もしも打ち明けるとしたら、両親と、佐々木達だろうか、と司は考えていた。




 トラストスタッフから家に帰って、まず両親に自分のことを話そうと司は考えた。


 どう切り出そう。何を話そう。

 両親は怒るかな。


 しかしそれでも、これからも暁に協力していく司の意思は変わらない。

 そこだけは理解してもらいたい。

 もう身近な人を失いたくないのだ。


 最速で蒼の夜に駆けつけても間に合わないことはある。だができるだけのことはしたい。それが栄一の言っていた「戦える人」の役割だと思う。


 夕食の後、父も帰宅してから、司はリビングでテレビを見ている二人に話しかけた。


「聞いてほしいことがあるんだ」

「なぁに? 改まって。あ、進路の話? 志望校変えるとか」


 母親が気楽な声で言う。

 進路という意味では外れてはないのかなと考えつつ、司は二人の前に座った。


「おととい、蒼の夜の発表があっただろ」

「あぁ、あれなぁ。今一つ信じられないけれど」


 総理大臣の発表を聞いている時は息を詰めていた父親も、実感がないからか、声に緊張感はない。


「俺、蒼の夜の中で動けるんだ」

「……は?」


 司の告白に両親の口からは同じ声が漏れた。


「蒼の夜対策の暁に協力してる」


 さらなる告白に両親は目を見開いて固まっている。

 テレビの音声だけが部屋に響いていた。


「……いつから?」


 先に硬直から解けた父親が問う。


「去年の春。二年生になったすぐに蒼の夜に巻き込まれた」


 それからは司は順を追って説明した。

 暁に助けられたこと。助力を請われたこと。悩んだ末に引き受けたこと。

 数か月訓練して、今では蒼の夜の魔物を倒していること。

 そして、栄一のことも。


「そんな、南くんが、そんな」


 栄一と会ったことのある母親がはらはらと涙を流す。


「基本的に暁の活動は秘密だから言わないでおこうかとも思ってたけど、これからのこともあるし」


 司が言うと、母が激しく反応した。


「これからって、あんた、ずっと魔物退治するってこと?」

「そのつもり」

「危ないじゃない、死ぬかもしれないのに、どうして」

「誰かが犠牲になって後悔したくないから。自分は精一杯努力したんだって自分を納得させないと罪悪感でダメになる。南のことだって、俺があの場にいたらって今でも思ってるんだから」


 おそらくその気持ちはずっと消えないだろう。

 いくら「どうあっても間に合わなかったんだ」「最善を尽くしたんだ」と言われても、栄一の事だけは後悔は消えない。

 この先、そんな思いをすることをできるだけ減らすために、自分にできることをする。

 司が言うと、母は反論をやめた。だがまだ納得していないのは言葉を探している顔からして明らかだ。


「どうして、司なの……」


 ぽつりとつぶやかれた母の言葉が、彼女の思いの全てだろう。


「おまえの人生だ。おまえのしたいようにすればいい」


 それまでずっと黙っていた父が、口を開いた。


「けれどな、司。もしも魔物退治がつらくなった時、やめたいと思うことも、そうすることも、絶対恥じゃないからな。おまえがそうしたいなら、そうすればいいんだ」


 自由に生きろという父の言葉に、司はふっと心が軽くなるのを感じた。


 母は思うところがあるだろうが、それ以上は何も言わなかった。普段はさも父を尻に敷いているかのようにふるまう彼女も重大な決断はいつも父にゆだねている。その父がよしとしたのだからと思っているのかもしれない。


「うん。ありがとう」


 もっと強制的に止めることもできる立場の両親が司の意思を認めてくれたことに、司は心を込めて感謝の言葉を口にした。


 自室に引き揚げて、佐々木達にはどのタイミングで話そうかと司は次の難題を考え始めた。

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