5-9 重大発表
年が明けた。
司は両親と共に父親の実家に帰省していた。
律が予想していた通り、政府からの一大発表は二日の夜、大々的に行われることになっている。
事前告知も徹底していた。
十二月三十日から、テレビはもちろん、各種SNSで「一月二日の夜七時より、政府から重大なお知らせがあります」と告知されている。
年明けの浮かれた気分も相まって、SNSでは発表の内容を予測する書き込みや配信が飛び交っている。
「政府から、ってなんだろうねぇ」
「こんなもったいつけてるんだから、よっぽど重大なことだろうな」
「重大って?」
「判らんけど。国民みんなにお年玉、なんてな」
「三日前から言ってそれはないでしょ」
「まさか、戦争を起こすなんてことははないだろうな?」
呑気な両親の会話に心配そうにしているのは祖父だ。戦争をリアルで経験している世代は政府からの重大発表と言われてそちらの方面を心配している人は少なくないだろう。
祖父の本気の心配に、半ばふざけていた両親もトーンダウンして「まさか、それはないだろう」と世界情勢と日本の立ち位置についてあれこれ話し始めた。
国同士の戦争と、異世界からやってくる魔物と、「一般市民」にとってどっちが大変なんだろうと司は考えていた。
そして、その時が訪れた。
液晶画面の中で内閣総理大臣が真面目腐った顔で「重大発表というのは、『蒼の夜』と呼ばれている事象が確認されたことです」と話し始める。
異世界とつながる空間であることが明かされると、予想通りSNSでは一気に「異世界!?」と盛り上がる。政府をあげての新年のドッキリかという書き込みも見られた。
司は冷静に、しかし不安と、自分は今からさらに発表されることを律から聞いているので全て知っているのだという優越感にも似たものを感じながらテレビとスマホの画面を見比べている。
『蒼の夜の中では、ほとんどの人が動けなくなります。景色と一体化するように止まって、意識もなくなるようです。それを「同化」と名付けられました』
首相の説明に、それじゃ蒼の夜は見られないじゃないか、とがっかりする声がSNSに広がる。
『そして、一番の懸案は、異世界の魔物が蒼の夜を通してやってくることです』
は? 魔物?
魔物がこっちにくる?
まずくない?
更新すると追いきれないほどの数の書きこみが流れていく。
首相が魔物について説明を始めると、先ほどまでの浮かれた書き込みが、悲壮なそれへと変わっていく。
政府の発表を流しているテレビカメラクルーや記者達も無言を貫くのは難しいようで、驚きを表す短い声をマイクが拾っている。
自分達の意識がない間に魔物がやってきて、食われるかもしれない。
しかもその事象がいつどこで起こるのか判らない。
会見会場がパニックになっていないことを褒めるべきだろうなと司は思った。
ふと、祖父母や両親を見る。
普段はうるさいくらいの母が、父の手を握ってテレビ画面を食い入るように見つめている。父も母の手を握って息を詰めている。
戦争を心配していた祖父母は、口を半開きにしている。
世間の反応などお構いなしに――反応が見られないから当然なのだが――総理大臣はさらに続ける。
蒼の夜の中で動ける人達が対策班として活動していること。彼らを「暁」と呼称すること。蒼の夜でつながる異世界との交渉も始められていること。
さらに、蒼の夜でつながる異世界の名が「エルミナーラ」であることも告げられた。
話は、蒼の夜に遭遇してしまった時の事にうつっていく。
意識を保てる人は異能とも呼ばれる超常的な能力を使えるようになる。だが戦闘訓練を受けていない人は、とにかくその場から逃げること。そして蒼の夜対策専用ダイヤルに連絡すること。SNSもあるのでそちらも活用してほしい。と首相が話すと、少しだけネットの反応が明るくなった。
『そして、これもとても重要なことですのでお守りいただきたいのですが。蒼の夜の対策に動く暁については、急ごしらえの組織ですから、一般人の有志であることがほとんどです。ですので、彼らの活動を見かけても決してSNS等には投稿しないでください。個人情報流出を恐れて暁の活動をやめる人が増えれば、蒼の夜の魔物を退治する人が減り、ひいては国民の皆さまにとってもマイナスとなります』
暁が急ごしらえというのはフェイクだな、と司は心の中でつぶやく。しかしどのような形であれ、こうしてしっかりと通達してくれることはありがたい。
あとは、この件に関する「ネット民の民度」が低くならないことを願うしかない。
政府からの発表の最後は、実際の蒼の夜の風景の動画で締めくくられた。
映りこんでいる人の顔はぼかしてあるが、魔物の姿もちらりと映っていた。
蒼の夜の発生の瞬間は、律が撮影したものが使われていた。突然見覚えのある景色がテレビに映し出されて司は驚きの息を漏らす。
割れた空間がボロボロと剥がれ落ちるように壊れ、昼間の草原と思われる景色から魔物がぬっと現れる。
両親が「うわぁ」と声を漏らす。
『あれが、異世界』
『きっと、そうだね』
画面の中の遥と律の声は変声の編集がしていて司は思わず笑みを漏らした。
とにかく、異変を感じたらその場から離れるように、と念押しがされて、首相の発表は締めくくられた。
質疑応答の時間では、記者から山のような質問が浴びせられたが、首相は発表した内容以上のことは「不明」「調査中」で一貫していた。
これ以上新しい発表はなさそうだとなった頃から、司のスマホのメッセージ着信音がひっきりなしに鳴り始める。
きっとクラスのグループ連絡用のだな、と思いながら司はスマホを持って別の部屋へと移動した。
着信は予想通りクラスのグループ連絡用と、佐々木達四人のグループだ。
友人、と名付けたグループの中にまだ栄一のアカウントが入っていることを思い出して、司は胸が苦しくなる。
あえて友人グループは開かず、クラスのメッセージをさかのぼって読む。
『発表見たか?』
『異世界だって。魔物とか信じられねー』
『フェイクニュースじゃ?』
『首相がやるか?』
『アメリカならやりそう』
『今日がエイプリルフールならな』
最初はそんな軽いノリだったグループのメッセージが、とある一言でがらりと変わる。
『もしかして南ってさ、蒼の夜? 巻き込まれたんじゃ?』
どきりとした。
『ずっと行方不明なのに事件にもなってないし』
そう推測されるのは当然だろう。
『魔物に食べられちゃったってこと!?』
女子の悲痛な叫びにも似た書き込みに、クラスメート達にも「蒼の夜に巻き込まれると死ぬ」という認識が広がり始める。
『そんな身近なところで起こってるのか』
『怖い!』
『犠牲者出てんじゃん。暁なにやってんだよ』
この一言に、司は打ちのめされた。
あの時栄一と一緒にいたら、間違いなく司は栄一を守れただろう。彼を守りながら律や遥が来るまで戦えただろう。
なのに実際は、どうしようもないタイミングで蒼の夜が出現して栄一が犠牲になってしまった。
友人や家族が危険になった時のためにと暁の手伝いを始めたのに、なんにも役に立ってない。
司は両親や祖父母のいる部屋には戻らず、布団に突っ伏して悔しさと悲しさが渦巻く胸を必死になだめていた。
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