5-6 まだそこに彼がいる

 冬休みが近づいてきた。

 本来ならテストも終わってうきうきしているであろう教室も、今年はどんよりとしている。

 栄一が行方不明と言われて二週間ほど。まだ見つかっていないということで手放しで浮かれる気分ではない、といった雰囲気だ。


「あいつ、早く帰ってこないかな」

「どこ行ってんだろうな」


 佐々木や山崎、田中が笑みを浮かべて言う。

 さも栄一が自分からいなくなっているかのように言うのは、事件や事故であって欲しくないという願いだろうか。


「よーし、南帰って来い会するぞ」

「カラオケ?」

「氷室も来るだろ?」


 当然のように言われて、司はうんと小さくうなずいた。


 カラオケ店でみんなで歌って、騒いで。

 いつもと変わらないようでいて、いつもと違う。

 栄一がいない穴は、司が思っていたより大きい。おそらく佐々木達にとっても。


「次、誰だー?」

「氷室だな」


 マイクが渡された。

 以前栄一が歌っていた歌のイントロが流れ始める。

 このアニメ、感想とか言い合ってたよな、と思って歌い出しを待っていた、その時。


 部屋の中が、蒼に染まった。

 音楽が止まり、モニターも佐々木達も蒼に染まって動けないでいる。


 蒼の夜だ。


 司は急いで部屋を出る。

 魔物はどこだ? どこかの部屋か?

 廊下にはいない。

 一つ一つ、扉を開けていく。

 この階にはいない。上階も調べないといけないか、と司が階段に向かった時に聞き慣れた声が司の名を呼んだ。


「氷室くんもきてたんだ」


 美咲みさきだ。制服を着ているということは、彼女も学校帰りにここに来たのだろう。


天野あまのさん。上から?」

「うん。いなかった」

「こっちも。ということは、外か」


 言葉がけもなく、二人は外へと走る。

 店を出たところで、黒い四つ足の獣がまさに女の子に襲い掛かろうとしている。


 ひっ、と息を飲んだ美咲を置いて、司は刀を抜いて獣に斬りかかる。


 食事を邪魔された獣はぎらぎらと光る眼で司をにらみつけ、うなり声をあげて飛びかかってくる。

 細いしなやかな見た目通り、俊敏だ。


 魔物の攻撃を避けつつ、体の中の魔力を練り上げる。

 敵の速さに対抗すべく、司の体が薄水色のオーラに包まれた。

 何度も交錯して、敵の動きを把握し始める。


「天野さん、動ける?」


 刀を振り下ろしつつ美咲に声をかける。


「あ、うん。氷室くんにあてちゃいそうでチャンス待ってる」


 美咲の武器は銃で攻撃魔法主体だ。


「俺が攻撃を受け止めた時に、頼む」

「はい!」


 美咲が両手でしっかりと持つ銃に意識を集中しているのが感じられる。

 司は再び魔物に切りつけ、相手の爪や牙をいなし、チャンスを待った。


「いつでもいいよ」


 美咲の声にうなずいて、司はわざと獣の前で構えをといた。

 今が好機とばかりに獣が弾丸のように飛びかかってくる。

 狙い通りだ。


 しっかりと刃で獣の牙を受け止める。

 斜め後ろの美咲から、魔力が発せられた。

 巨大な火の弾と化した魔弾が獣の体を焼く。悲鳴にも似た咆哮がつんざいた。


 力なく地面に横たわった魔物に、念のためにと司が刀を振り下ろす。

 薄い光に包まれて、魔物が消えて行った。


 やがて蒼の夜は晴れ、何事もなかったかのように人々が動き出す。


「よかった」

「……戻ろう」

「うん」


 急いでカラオケ店内に歩いていく。


「それじゃ、また」

「あ、氷室くん」


 美咲が何かを言いかけて、「えっと、やっぱりいい」と笑って階段を駆け上がっていく。

 気になったが、司も早足で部屋に戻った。


「氷室ー、どこいってたんだよ?」

「ってかいつの間にいなくなってたんだ」

「トイレ、極まっちゃってさ」

「あ、それ、南がいいそうなやつ」


 笑い声が上がった。


 栄一が蒼の夜に巻き込まれた日の夜に、司が考えていた、栄一の言いそうな言葉だ。


 みんなの中に、まだ栄一がいる。

 今はその雰囲気を壊さないようにしよう。

 再び流れ出したイントロに、司はマイクを握りしめた。




 夜、司は美咲にメッセージを送った。


『今日はお疲れ様。あれからどうした?』

『トイレ行ってたことにしたよ。急に行きたくなったからって』

『同じだ』


 やっぱりそうだよなと司はスマホを見て笑った。


『なにか言いかけてたけど、何だったんだ?』


 やっぱりいい、と言っていたからもしかすると美咲は聞き返されたくないかもしれない。が、なんとなく気になったので尋ねてみた。


 返事まで少し間があった。

 まずかったかな? と司が焦りだした時、返信が来た。


『処分に困ってる物があるんだ』


 続いて送られてきたのは、テーブルの上に置かれた小さなアクアリウムだ。中にはサンゴと小さな魚がキラキラしている。魚はどう見ても生物ではない質感だ。


『レプリカ?』

『うん。飾り』

『いらなくなった?』

『実はね』


 美咲がアクアリウムがいらなくなった事情を説明してくれた。


 美咲の学校も先月の末に修学旅行だったらしい。そこで彼氏へのお土産にと買ったものなのだが、渡そうとした日に別れ話を切り出されて渡せなかった。

 物に罪はないと、捨てずに自分の机に飾ってみたのだが、これを見るとどうしても元カレのことを思い出してしまって精神的によくない。

 なので捨てようかとも思うのだが、やはりもったいないから決断しかねているらしい。


『ごめんねこんな話』

『いいよ。捨てるのもったいないし飾っておくのもイヤならネットオークションとかに出してみたら?』

『あー、やっぱオークションかなー』


 オークションはやったことないからと二の足を踏んでいたらしい。


『だったら、もらおうか? 嫌じゃなければ』


 何気なく送信して、あ、と思った。

 彼氏の代わりになるとか思われないかなと心配になった。

 困ってるならもらってもいいかなと思って返事したが、もっとちゃんと考えてから送ればよかった。

 誤解されるのも困るし、厚かましいと思われないかなとも思った。


『いいの? なんか悪いな』

『こっちこそなんか厚かましいこといったかな』

『全然っ』


 ありがとうのスタンプが送られてきた。

 司が心配した雰囲気がないことにほっとした。


 日曜日に会う約束をして、やり取りを終えた。

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