5-4 普通でいい
期末テストが終わってから十日間で、司は三回も蒼の夜対策に呼び出された。
最近増えていると律が言っていたのを肌で実感する。
蒼の夜の魔物退治に乗り出すのは基本的に発生した県内の暁のメンバーだ。
だが人員が少ないところやいないところもあって、フォローしあっているそうだ。
蒼の夜の規模が大きい時も応援に呼ばれたりする。
今日はそんな「ヘルプ」要請だった。
広範囲が影響下にあって、魔物も一体ではなかった。
応援要請を出してきたパーティと力をあわせ、数体の魔物を倒してどうにか蒼の夜を払うことができた。
律と他パーティのリーダーが知り合いらしく、公園の隅に移動して何やら話している。
待つことしかできない司はベンチに座ってあたりの景色を何気なく見ていた。
「ねぇ、あなたも、高校生?」
話しかけられて司は驚いた。
興味津々といった顔の女の子が司のそばに立ってじっと見てくる。
一緒に戦った一人だ。彼女も仲間を待っているのだろう。
ボブカットで、目の大きい可愛らしい雰囲気の子だ。ともに戦わなければこの子が蒼の夜の魔物を退治すると言われてもピンとこないとすら思う。
律達をちらりと見るが、まだ話は終わる気配はない。
「うん。今年の春から手伝い始めた」
「そうなんだぁ、わたしは最近だよ」
座っていい? と隣を指されたので、ちょっと恥ずかしかったがいいよと答えた。
司と女の子、
美咲も高校二年生で、ひと月近く前に蒼の夜に巻き込まれて存在を知ったという。
「氷室くんの方が先輩だね。先月までふつーに生活してたのにこんなことになって驚きだよ」
驚きだというわりに、美咲はにこにことしている。
どうしてそんな顔ができるのだろうと司は不思議に思う。
「怖くないのか?」
「怖いよ。けど、わたしが何もしなくっても、蒼の夜はたくさん出ちゃって、誰かが巻き込まれて死んじゃうかもしれないんだからね」
やるしかないんじゃない? と美咲はいう。
「それにさ、こんなこと言ったら不謹慎だからあんまり言えないけど。自分が動くことで世界の危機がちょっとだけでも遠ざけられるなんて、かっこよくない? めったにできないことだよ」
美咲はへへっと笑った。
軽い笑いに似合わない、強い決意のようなものを感じた。
「関わってしまったんだから、前向きに、ってね」
まだ身近な人が巻き込まれてしまったことはないんだなと司は見て取った。
その方がいい。
純粋に人の役に立てることを誇らしいと思っていられるなら、その方が断然いいのだ。
司も似たような気持ちはまだ持っている。
だが友人が犠牲になってしまった後では、魔物に対して復讐してやるという思いもまた、少しなりともある。
それを苦しく感じることもある。
「ね、せっかく知り合ったんだし連絡先交換しようよ」
美咲がスマートフォンを出してきた。
同年代の女子と連絡先を交換するなんて初めてだ。
少し恥ずかしかったが、それよりも真っ直ぐな美咲がこの先どうなっていくのか、気になった。
「ん。いいよ」
「ありがと。こういう話できる相手っていないからねー」
へへへと笑う美咲は、可愛い。
彼女の笑顔が蒼の夜に踏みにじられなければいいと司は思った。
夜、
蒼の夜で知り合った高校生、
『こんばんはー。連絡先交換してくれてありがとう。実は男の子と連絡先やりとりしたの初めてでドキドキです(笑)』
自分が彼女の初めての相手、などと考えるとすごく誤解を招く言い方だが、実際司はそう考えて、一人で赤面していた。
誰に聞かせる考えでもないしと自分に言い訳して、ふと栄一を思い出す。
彼ならきっと「お? 氷室、おっとなー」とかいって茶化すのだろう。
おまえもきっと同じように考えるだろうと想像上の栄一につっこんで、ふっと笑った。
栄一のことを思い出して笑ったのは初めてだ。
少しの罪悪感を覚えながらも、いや、楽しく思い出すのはいいことなんだと思い直す。
『実は俺も初めて。あんまりメッセージとか慣れてないから、変なこと言ったらごめんな』
返信すると、すぐに既読がついて、一分と経たずに返事が来た。
『わたしもー。慣れない同士、よろしくねー』
それからしばらく他愛のないやり取りをして「おやすみ」の挨拶をお互いに送って司はスマートフォンを机の上に置いた。
なんか、普通の高校生なやりとりだよなと司は考えて、自分は普通の高校生じゃないのか? と自問する。
少なくとも蒼の夜などという今までの常識では考えられないものに関わっているという点では普通ではない。
だがそれ以外は、学校に通い勉強しテストを受け、クラスメイトと話したり、ちょっと遊んだりする、普通の高校生だ。
蒼の夜のことを世間に知られないためにも普通を演じなければならないというのもある。
普通で、いいんだ。
美咲とのやりとりも、普通の高校生だから、いいんだ。
そんなふうに考えながら、少しだけ心地よく入眠した。
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