4-7 奮闘
いつものように、緑を濃くした暗い世界だ。
土産物通りということもあり、同じ高校の生徒だけでなく観光客らしき人達もたくさん閉じ込められ、固まっている。
影響の範囲はそう広くない。半径数メートルといったところか。
魔物はすぐに視認できた。鋭い爪と嘴を持つ茶色で大型の鳥だ。上空で品定めをするように旋回している。
敵がおそらくあの一羽であることを感覚で察し、まだ誰も襲われていない様子に司はほっと息をついた。
「おい、こっち来いよ」
鳥が言葉を解するとは思わないが、注意を引く意味で声をかける。
狙い通り、鳥は司を見ると「ギャー」と一声鳴き、降下してくる。
爪の一撃をかわしつつ刀を振り上げる。羽の端をかすった。
鳥は怒ったような奇声をあげて何度も突進してくる。
なかなか素早いが、司も負けてはいない。できるだけ小さな動きで攻撃をかわしつつ、可能な限り反撃を試みた。
鳥は司が飛べないと察したのだろう。上空に逃げ、有利なタイミングを計って襲い掛かってくる。
しかしその戦法は敵にだけ有利というわけでもない。
そうだ、魔力を使えばいいじゃないか、と考える時間が生まれた。
司は魔力を練り、薄い水色のオーラを体にまとわせる。
それが己にとって不利なものであると察したのだろう、鳥は安易に飛び込んで来なくなった。
どちらも決定打に欠ける膠着状態を破ったのは、敵だった。
鳥の体を赤いオーラが包んだかと思うと、開けた嘴から火の玉が飛び出してきた。
「ちょ、その大きさ、口よりでかいだろっ」
思わず悪態をつきながら回避する。
火球は蒼の夜にとらわれている人の足元で爆ぜた。
こんなのが固まっている人達に当たったら大変だ。
司は次の攻撃を刃をふるって打ち消した。
早く何とかしないと、あいつが他の「獲物」にこれを当てたらいいと気づく前に……。
焦りが浮かぶが、司は頭を振った。
落ち着け。こんな時こそ、落ち着け。
あっちが飛び道具なら、こっちも使えばいい。
しかしまだ律達と共に戦っている時でも、魔力を飛び道具として放ったことはない。
自信はない。だがやるしかない。
鳥が口を開けた。しっかりと司を狙っているのが判る。
やってみるしかない。
司は刀を下段に構え、刃に魔力を注ぐイメージをする。
刃が司の意思に応えるように、薄い空色の光を持ち始めた。
鳥が火球を発する。
「行け!」
気合いの声と共に司も刃を振り上げた。
刀から解き放たれた魔力が、火球とぶつかり合う。
双方の魔力は相殺し、四散した。
「よしっ」
思わず喜びの声が漏れた。
だがここからが本当の勝負だ。
鳥よりも速く、魔力を練らねばならない。
先ほどよりも強く、速くとイメージしながら下段に構えなおした刀に集中する。
敵も、口の前に炎の塊を作り始めている。
「させるかっ」
司は再び刀を振り上げた。
今まさに放とうとしていた火球に氷の刃となった司の魔力が襲い掛かる。
今度は、まるで水蒸気爆発のような轟音を立てて双方の魔力が爆ぜた。
ギャアァっと痛そうな悲鳴を上げて鳥が落下した。
すかさず胸に刃を突き立てる。
鳥は光に包まれて消え去り、間もなく蒼の夜が晴れていく。
蒼の夜に同化していた人達も、何事もなかったかのように動き出した。
「……もしかして、君、暁の?」
後ろから声がかかる。
振り向くと、三十代ぐらいだろうか、スーツを来た男が司を見つめていた。
「あ、はい、手伝いですけれど」
言って、別にそんなこと言わなくてよかったなと苦笑した。
「高校生? 旅行中かな。そんな時にまですまないね。助かったよ。すごいね、一人で対応できるなんて」
笑顔で礼を述べられて嬉しくなる。
「いえ、なんとかなってよかったです」
それでは、とお互いに会釈をして、男は去って行った。
勝てたんだ、一人で。
男の後ろ姿を見つめて、今更ながらに実感がわいてくる。
「おーい、氷室。どうした? こんなとこで突っ立って」
栄一達が歩いてきた。買い物は終わったようだ。
「あぁ、いや、なんでもない」
初めての単独行動での勝利に湧く心を抑えつつ、司は「日常」へ戻っていった。
修学旅行から帰って、司は律のところへと向かった。
旅先で蒼の夜を一人で打ち払ったという報告は、あの後簡単に済ませてある。
律は、遥は、なんて言ってくれるだろうと期待しつつ、律の執務室に到着した。
部屋には、律と遥がいた。
「おかえり氷室くん。蒼の夜への対応ありがとう」
「すごいですね、一人で魔物を倒すとは。もう立派な暁の剣士ですね」
暁の剣士。
師匠にそこまで褒めてもらえるとはと司は胸にじんと来るものを感じた。
「師匠や雨宮さんの稽古のおかげです。これからもよろしくお願いします」
頭を下げた。
すぐに「こちらこそ」などの言葉が返ってくるものだと思っていた。
が。
「一緒に訓練するのは、終了でいいかなと思ってるんだ」
律の少し歯切れの悪い返事に司は驚いて頭を上げた。
「もうわたし達から教えることはほぼありません。あとは氷室くんだけでも十分訓練できるでしょう」
遥が小さく笑って付け足した。非戦闘時のおさげに眼鏡スタイルだが、その顔は初めてあった頃のような自信のなさげな彼女ではなかった。どちらかというと訓練や戦闘時の凛々しい表情に近かった。
それだけ、司の成長に自信を持ってくれているということか、と考えることにした。
「判りました。訓練所は使わせてもらってもいいですか?」
「うん。事前に連絡をくれたらいつでもいいよ」
訓練所が使えるのはよかった。蒼の夜の空間でしか魔力が使えないのでそちらの方面の鍛錬はどうしても訓練所でないとできない。
「あ、そうだ。お土産持ってきたんですよ。ペナント、飾ってくださいね」
鞄をごそごそやりながら言うと律は驚きの声を上げた。
「本当にペナントにしたのっ?」
「あはは。冗談です」
言って、二人にお揃いのペンギンのマスコットを渡した。
「わぁ、かわいい」
遥が顔をほころばせて受け取った。
どうやら気に入ってもらえたようだとほっとする。
「ありがとう氷室くん」
「大事に使うわ」
二人はキーチェーンについたマスコットを見て、お互いの顔を見合わせて微笑み、司に目を向けて笑った。
一時は嫉妬もしていた二人の仲のよさに、今では司も笑みをこぼす。
これからも暁に協力して、自分のできることを少しずつ広げていって。
できるだけのことをしていこう。
そう思っていた。
それでいいと、思っていた。
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