4-6 旅先にて

 司達は修学旅行で九州を訪れた。

 司にとっては初めての飛行機で、離陸時の重圧や、ちょっとしたエアポケットに入った時の浮遊感など、話に聞くよりも体にかかる力が大きいとちょっとした興奮状態だった。


 友人らには「氷室もはしゃぐんだなー」とからかわれてしまって恥ずかしいが、まぁ旅行だし、ということで笑って流しておいた。


 寝食を共にすると絆が深まるとはよく言ったもので、いつも一緒にいる三人、と思っていた彼らを「佐々木」「田中」「山崎」と個人で見られるようにもなった。もちろん以前から顔と名前は一致していたが、彼らの好みや癖なども把握して、より一人一人への理解が深まった。


 佐々木はグループのリーダー格でちょっとお調子者だ。栄一とよく掛け合いをしているのも彼だ。

 佐々木に言わせれば「南と氷室おまえらには負ける」だそうだが。


 田中は、どちらかというとグループの「頭脳」だ。一番冷静な判断とツッコミをしている。

 山崎は誰とでも話をあわせられる器用なヤツだ。


「氷室ー、明太子嫌い?」

「あんまり好きじゃないな」

「それじゃもらっていい?」

「どうぞどうぞ」

「どこの芸人だよ?」


 朝食時のこんなやりとりも、以前なら栄一とだけだっただろう。


 最終日、家族らへの土産物を選んでいる時に、ふと律とのやり取りを思い出した。


「そういえば、今でもペナントって土産物屋にあったりするのかな」


 つぶやくと、佐々木が笑った。


「昭和かよ?」

「でも今もまだあるぞ、ほら、あそこ」


 田中が指を指す方を見ると、確かにペナントが壁にかけられている。


 しかし、インターネットでレトロ商品として見たことのあるペナントよりカラフルで、デザインもなんというか「今風」だ。

「氷室、誰かにペナント頼まれたのかー?」


 栄一が尋ねてくるのに司はかぶりを振った。


「頼まれたわけじゃなくて。友達に『お土産はペナントでいいですか?』って冗談で話してたから、そういうのまだ売ってるのかなって思って」


 あー、と四人から納得の声があがる。


「だったら本当にあげてみるとか」


 悪戯好きの佐々木が興味津々で提案してくる。

 律なら「冗談じゃなかったんだ」と苦笑して受け取るだろうなと司は思った。でも飾らないだろうな、とも。


「さすがに引かれるだろ」


 グループのツッコミ役、田中が今回もまっとうな指摘をする。


「だなー」


 栄一と山崎がうなずくのに司も同調した。


 律と遥への土産は、もう選んである。

 小さなペンギンのマスコットだ。キーチェーンがついているが、机にちょこんと置いても可愛らしそうだ。

 これなら邪魔にもならないだろうし、気に入ってもらえたら普段使いしてもらえるだろうと思う。


 両親へは、つまみにもなりそうな菓子を選んで、レジに並んだ。


 まだ佐々木や山崎は悩んでいるようで、司は先に店の外に出た。

 違和感を覚えた。

 異質な空気を、そう遠くないところに感じる。

 これはまさか、蒼の夜か。


「ちょっと他も見てくる」

「え? あ、わかったー」


 栄一に声をかけて、司は違和感を発する方へ走った。

 通りは一見、変わりない。

 だが確かに奇妙な空気を感じる。

 そこに何かがある、と集中してみると、世界の境目のようにゆらめくを見て取れた。

 春に公園で子供達が蒼の夜の中に入っていってしまった時と同じものだ。


 もやに気づかずに通る人達は問題なく歩けているようだ。

 律の話を思い出すに、蒼の夜への出入りはそこに蒼の夜があると強く意識していないとできない。すでに出来上がった蒼の夜に新たに入っていく人がほぼいないのはいいことだが、蒼の夜ができた時に影響下にいる人達は閉じ込められる。中で意識を保てるなら動けるが、そうでない人達は蒼の夜の景色と同化し「固まって」しまう。魔物達の格好の餌となってしまうのだ。


『旅行先で蒼の夜。入ってみます』


 司は律にメッセージを送った。

 すぐに既読になり、返信がくる。


『そっちの暁の人がくると思う。戦えそうなら頼む。でも無理しないで』


 最後の一言が律らしいなと笑みを浮かべてから、了解の返事をして、司は表情を引き締める。


 ここの暁のメンバーが蒼の夜に気づいてやってくるまでどれくらい時間がかかるか判らない。それまでに解決できればいいが、できないならせめて犠牲者が出ないように立ち回らないと。


 意を決し、司はもやの中の蒼の夜を強く意識して、突入した。

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