4-5 先輩の願い

 次の訓練の時に、蒼の夜の発生数について律に聞いてみようと司は思っていた。

 ちょうど、というのも変な話だが、遥が大学の講義の関係でいつもの時間より遅れてくるのでトラストスタッフの律の部屋に集合することになっている。


「こんにちは。遥さんが来るまで座って待ってて」


 律はいつもの笑顔を司に向けて、しかしすぐにパソコンの画面に目を戻した。

 真剣なまなざしでモニターを見つめ、熟考しているように見える。

 とてもではないが声を掛けられる雰囲気ではない。


 戦っている時の顔とはまた別の律の真剣な雰囲気に、やはり深刻な状況なのかと司は固唾を飲んだ。


 ドアがノックされた。

 律は顔をそちらに向けて「どうぞ」と声をかけた。

 遥が来たのかと司もドアを見たが、入ってきたのは見知らぬ制服姿の男性だった。

 彼はクリーニング屋だそうだ。律がクリーニングに出したスーツを届けに来てくれたらしい。


 配達料を払って丁寧に何度も頭を下げる律は、司がいつも見ている笑顔だった。

 直接挨拶をされているわけでもない司でさえも和む優しい笑顔だ。

 その彼の顔をあれほど曇らせるほど、蒼の夜の状況はまずいものなのだろうか。


「十二月に入ってすぐに期末テストだったっけ? 勉強、うまくいってる?」


 スーツを壁のハンガーにかけながら律が尋ねてきた。


「まずまず、です」


 中間テストと似た点数は取れるだろうと司は見積もっている。


「それはよかった。勉強に集中したいなら訓練も休んでくれていいんだよ」

「訓練『も』……。もう減らしてくれているんですか?」

「今から受験の大事な時期に入ってくるだろう? 定期テストは大事だからね」


 今でも週に一度は呼び出されていた。それでも減らしているというなら、司が考えているよりももっと頻繁に蒼の夜は出現しているのだ。


「でも蒼の夜も大変じゃないですか? テスト直前まで大丈夫ですよ」


 律はかぶりを振った。


「僕も、氷室くんと同じで蒼の夜に巻き込まれて助けられたんだ。高校一年の時だったから氷室くんよりもちょっと早いかな」


 律の笑みが弱々しいものになった。


「友達と一緒にいたんだけど、僕だけが意識を保ってて、彼は……」


 完全に笑みが消えた律は悲しそうな顔をした。

 それだけで、彼の友人は助からなかったのだと司は察した。


「助けてくれのたが、トラストスタッフの『暁』の人だったんだ」


 今でも友人のことを夢に見る、と律は言う。


「きっと一生忘れられないと思う。暁のメンバーになって、助けられない命はたくさんあったけれど、彼だけは特別なんだろうね」


 それからはひたすら蒼の夜の魔物を倒すことを考えるようになったし、できれば蒼の夜の原因を究明して発生自体をなくしたいと思っている、と律は言う。


「だから大学進学は早々にあきらめて、ここに就職したんだ。その選択に後悔はないけれど、正直言って、大学生活っていうのに少し憧れるしうらやましいって思う。高校でも大学でも、その時その時でしか味わえないものがあると思うんだ」


 進学をあきらめた律だからこその説得力のある言葉だった。


「社会人になってからでもできることは社会人になってからでいいよ。もしもどうしようもないくらいに手が足りなくなったら、その時は氷室くんにも頼るから、それまでは学生生活を優先してほしい」


 優しい律の笑みに、司はうなずいた。


「取り敢えず来週は修学旅行があるので楽しんできます」

「あ、いいね。どこ行くの?」

「九州方面です。あ、お土産はペナントでいいですか?」

「いつの時代のお土産?」

「あと、木刀とか」

「それは訓練用になっちゃうかな」


 遥が部屋を訪れるまで、暗い雰囲気を吹き飛ばすように二人で他愛のない話で笑いあった。

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