4-4 親友の願い

 十月に入り、ようやく暑さも落ち着きを見せてきた。

 今年は過去一番の暑さです、という気象予報士の言葉はもはや聞き飽きた。

 しかも天文好きの栄一の話だと、来年は下手をすればさらに暑いらしい。

 何でも、太陽の活動が一番活発なのが今年と来年という。


「そのうち最高気温四十度とかが普通になったりしないか?」

「あるかもなー。来年が一番活発だとかいうけどそこから太陽さんがおとなしくなってくれる保証なんてないしなー」


 うげぇ、と二人は呻く。


 元々賑やかなのがそれほど得意でない司と、空が好きな栄一はまた「屋上飯」に戻っている。グループの面々は「デートだな」と茶化して二人を見送っている。


「全然話変わるけど」


 栄一が司に顔を向け、つん、と脇腹をつつく。


「ふぉっ? なんだよつつくなよ」

「なーんか、たくましくなってね?」

「なにがだよ?」

「おまえだよ。筋肉量増えたなーって」


 ちょっとした体格の変化を見逃さないとはさすが「第二のおかん」だ。


 蒼の夜に関わってから約半年の鍛錬と実戦で、栄一のいうように司の体は少し引き締まった。

 特にこのひと月で体重は変わらないのにズボンのベルトの穴が一サイズかわるくらいになった。持続してきた運動の成果が強く表れ始めたのだろう。

 しかしまさかそんなことを話せるはずもなく。


「実はさ、傷心を紛らわすために、ちょっと運動を始めたんだけど。やってみたらちょっとハマっちゃって」

「あぁー、熱中しちゃうオタクあるある」


 栄一が納得してくれたので司はそっと安堵の息をついた。


「運動もいいけれどもうすぐ中間テストですよ司ちゃん」

「でたなおかん。もうそれは言われてるし。今回はそこそこ頑張るつもりだ」


 中間テストに言及してくるのはもちろん本当の母だが、律もまた「勉強に集中して」と今週からテスト終了後まで鍛錬と魔物退治を禁止している。


「グループで勉強会するって話、どうする?」


 あぁ、そういえばそんな話も出ていたなと司はうなずいた。


「いいと思うよ。苦手な科目、教えてもらいたいし」

「氷室はどっちかってと理系だよな」


 うなずいた。


「大学、どうしようかなぁ」


 ふっと独り言が漏れる。


「オーキャン行ってるか?」

「いや、あまり」

「それじゃ今度一緒に行くか」

「いいのか? おまえ天文で決まりだろ?」

「進路決めてるからって他の学校や学部の説明を聞いちゃいけない決まりはない。学食のサービスのあるところだとなおいいな」


 ただ飯が目的かと笑いつつ、もしもはっきりとした目標が定まらないなら、栄一と同じ大学を目指すというのもいいかな、と司は思った。




 中間テストは、上出来だった。

 今までの平均点よりも十点以上のランクアップとあって、母も「第三のおかん」の律も喜んでくれた。


 蒼の夜の魔物退治も順調だ。

 律や遥との連携にもよどみなく、司の魔力の扱いもうまくなってきたと褒めてもらえた。

 週に一、二度ほど戦いに出るようになったが大きな怪我もなく魔物を倒せている。


 だが、頻度が高くなってきているのが司も心配だった。

 以前話に聞いた「蒼の夜大襲来」にならないかなというのもあるが、蒼の夜の頻度が増えれば犠牲者が出る可能性も高くなる。


 ふと、「神隠し」の話を思い出して久しぶりに検索してみた。

 やはり一定数の犠牲者は出ているのではないかと思われる。

 だが、こればかりはどうしようもない。

 蒼の夜の発生条件が判らない以上、魔物が出てきてからの対応になる。どうしても食われてしまう人が出てしまうだろう。


 それでも、自分は自分にできるだけのことをする。

 それしかできないのだ。




 十一月の半ばになって、急に寒くなって来た。

 屋上飯の司と栄一は日向になっている箇所に腰を下ろして弁当を広げる。


「今年の気温、マジヤバいな」

「それなー」


 予報では十二月はしっかり寒いそうだ。

 司がそう言うと栄一は「えー」と不満の声を漏らす。


「じゃあ屋上飯は今月いっぱいかー」

「日によっては、って感じかな」


 それからしばらくは弁当を食べるのに集中して二人とも無口だった。


「そういやさー、修学旅行の準備してるか?」


 一足先に食べ終わった栄一が弁当箱を片付けながら話を切り出してきた。


「まぁ、足りないものは週末に買ってってる感じかな」

「氷室は店買い?」

「ネットも使うけど直接見たいのもあるだろ」


 キャリーケースなどは自分で触ってみて決めたいというと栄一もうなずいた。


「服とかはサイズがあえばって感じだけどな」

「あんまりデザインとか色とかこだわらない感じか」

「そういうの疎いんだよ。機能性重視ってとこかな」


 ふと、もしも遥と律が付き合っていなくても、自分のファッションセンスではあまりいいアピールポイントにはならなかったかなと思って笑った。


「なんだぁ? 人の顔見て笑うとかシツレーだぞ」

「おまえの顔見て笑ったんじゃなくて」


 司は考えたことを口にした。


「なら、次に好きな人ができた時のために服装見直さないとなー」

「そうだな」


 次に好きな人ができるのなんて、当分ないだろうけれど、とは心の中だけの声にしておいた。


「どっかにいい出会いないかねー」


 栄一がしみじみというのに司は笑った。


「南ならその気になればすぐにカノジョくらいできるだろ。モテそうだし」

「知ってっか? モテそうなのとモテるのは別問題だ」

「けど女子ともよく話してるだろ」

「お友達にはいいんだけどねー、なタイプらしいぞ俺は」


 そうなのか、と司はうなった。


「よく判らないな」

「俺もー」


 栄一は伸びをしながら空を仰いだ。


「あー、今日の夜、やっぱ天気よくないのか」


 空にはうろこ雲が広がっている。

 うろこ雲が空にあると数時間後には雨が降ると言われているし、実際天気予報では今夜は雨だとされている。


「珍しいな。いつも天気予報見ない南にしては」


 昼から天気が悪くなるとしっかりと予報されている日でも傘を持ってこずに雨に降られているのは、一度や二度ではない。


「今日、流星群の極大なんだよ」


 あぁ、と司は相槌をうった。


「そういうところはチェックしてんだな」

「そりゃそうだろー。天文系目指す端くれとしてはな」


 だったら日頃の天気予報も見ておけよとすかさず返すと、栄一はわざとらしく「てへっ」と言って、からからと笑う。


「あぁ、なんて恨めしい雲なんだ。俺の願いが流れ星に届かないじゃないか」


 空を仰いだ栄一が芝居がかった声でいうのに司は噴き出した。


「願いって、どうせ『かね、金、金』だろ?」


 夏休みに流星群を見に行った時のことを思い出して指摘する。


「お金は大事だよー?」


 どこかのCMのようなフレーズである。


「でも今日はそれよりも大事な願い事があったんだ」

「大事な? 大学の合格祈願……、にしては気が早いか」


 司の疑問に、栄一は視線を司によこして、言った。


「『神隠し』が起こりませんよーに、だ」


 どきっとした。

 栄一のいう神隠しは、蒼の夜の犠牲者のことに違いない。


「神隠し、って?」

「知らね? 突然理由もないのに行方不明になってる人が最近増えてるんだって。オカルト板で『神隠し』って言われてるんだよ」


 蒼の夜ばかりが原因ではないだろうが、おそらく半分以上がそうだろう。


「なんかおっきな力が働いてんじゃね? なんて言われててさー。そんなのが身近で起こったら怖いだろ? だから星に願いをーってね」


 そっか、と言いながら、司は動揺を隠していた。

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