4-3 まだ手加減されていた
次の訓練時、律と遥がとんでもないことを言い出した。
「取り敢えず、危機的状況に陥れば氷室くんも魔力を開放することができるのが判った」
「そこでまず、その感覚に慣れてもらうことにしましょう」
……というと?
司が首をかしげると、二人は武器を構える。
遥は練習用の木刀だが律は戦闘用のクロスボウだ。
「二対一だよ」
えっ?
司が言葉を返すよりも早く訓練は強制的に開始された。
律のバフをもらった遥はいつもより素早い。
慌てて木刀の切っ先をかわすが、空気を斬る音がいつもより鋭く、大きい。
よくあれがかわせたな俺!
そう感じる頃にはもう次の攻撃が飛んでくる。
遥の木刀を辛くもかわし、いなして、しかしそれだけだ。反撃の余地はない。
「予想以上に動けていますね、いい調子です」
にっこりと微笑む遥の優し気な声と裏腹な、苛烈な連撃。
「それなら」
遥に素早さのバフをかけ続けていた律が、司に視線をよこした。
こっちにデバフをかけてくるんだな?
司は心の準備をした。十分に精神力を練ればデバフに対抗できると聞いていたから。
だが律のクロスボウから飛んできたのは、見たことのない水色の塊だった。
新手のデバフ? 速いしここはよけるよりも防御で。
司は水色のエネルギー体に対抗すべく念を込めた。
が。
てっきりデバフの魔法だと思っていたそれは、攻撃魔法だった。
肉体的な防御を取っていなかった司の体は着弾のショックによろめく。
そこへ打ちかかって来た遥の木刀が、右肩をしたたかに打ち据える。
「――ってぇ!」
思わず悲鳴があがる。得物を落とさなかった自分を褒めたいくらいの痛撃だ。
さらに遥は木刀を腰だめにして、打ちかかってこようとしている。
あんな攻撃を腹に食らっては、それだけで動けなくなってしまうだろう。
今まで、ものすごく手加減されていたのだと司は察した。
そして今もきっと遥は全力ではないことも。
悔しい!
強くなったつもりでいたし、遥と律はいつも褒めてくれていた。ダメ出しをするにしてもいい所も必ず言ってくれた。
及第点をくれていた二人に、いつの間にか満足してしまっていたのだ。
彼らがいう「もう一段階上」に行くには、それでは駄目なのだ。
「おおぉっ!」
気合いの声をあげる。
体の内から力を絞り出すイメージをする。
力が湧いてくるのを感じた。
寸前に迫っていた遥の木刀が遠のく。
いや、自分の体が遥から一瞬で距離を取ったのだ。
……できた。
笑みが漏れた。
「まずは合格です」
遥が構えを解いて笑んだ。
「この調子で魔力を扱う感覚に慣れて行こう」
律も「天使の笑み」だ。
「この調子、って」
「うん。しばらくは二対一だよ。僕が来られない時は遥さんにもうちょっと力を使ってもらおうかな」
回復魔法をかけてくれながら、律はさらに笑みを深くした。
俺、体持つだろうか……。
力のない笑みが司の口からこぼれた。
家に帰った司はまさに疲労困憊であった。
あれから数度、二対一で遥達と戦った。いや、彼らの攻撃を回避しただけだ。まだろくな反撃もできていない。
どうにか遥の大振りの一撃は回避できるようになってきた。だがそれはきっと遥がわざと「今から大打撃を放つ」とそぶりで教えてくれているからだ。
母に呼ばれ夕食を摂りに台所に行くのも体がだるい。
蒼の夜の空間で受けた傷は律がすべて治してくれたが、疲労感だけはどうにもならない。
「ちょっと、どうしたのあんた」
母が呆れたような心配しているような声で尋ねてくる。
「体育の授業がキツかった……」
「あれま。そんなに大変なんだね。でもまぁほどほどにしておきなよ? 動けなくなるようじゃ本末転倒だよ」
今、体育は何をやってるのかと聞かれて、ここで嘘をついても仕方ないしバレたら面倒なので、本来の授業内容であるテニスと答えた。
「でもそんなずーっと打ち合ってるわけじゃないんでしょ? ……あ、あんたわりとクールぶってるけどムキになるとこあるもんねぇ」
負けて悔しかったからムキになったんでしょ、と言われて司は反論できなかった。
「そこは親として、熱心に授業に取り組んだ、というべきところだろ」
律達ならそんなふうに褒めてくれるだろうなと思いながら論点を少しだけずらして反論した。
「授業に熱心なのはいいけれど、ほかの勉強に障るのはよくないから気をつけなよ。ほら、肉食べな、肉」
そういえば、律はわりと司の勉学面も心配してくれている。夏休みも、課題が終わるまで訓練禁止を言い渡していたほどだ。
雨宮さんも「おかん」か、と、栄一と律の顔を思い出しながら司は笑って、たっぷり盛られた唐揚げに箸を伸ばした。
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