4 邁進

4-1 さらに強く

 司が暁の訓練所に行くと、今日は遥ひとりだけだった。


「今日からは新しい訓練に入ってもらいます」


 師匠である遥が微笑を浮かべて告げる。


「氷室くんには次のステップに進んでもらうから頑張って、と、律からの伝言です」


 次のステップ。

 さらに上を目指せる段階に来たと認められたのかと、なんだか心が躍った。


「どんなことをするんですか?」

「魔力を武器に込めて攻撃力をあげる訓練です」


 おぉ、と司の口から感嘆の声が漏れる。

 実戦で遥が大太刀に白いオーラをまとわせていたあれを、自分もできるようになるのかと思うと高揚した。


「師匠の攻撃、いつ見ても格好いいと思ってたんです」


 素直に誉め言葉を口にすると遥は恥じらいの表情を見せた。


「では氷室くんにも格好よくなっていただきましょう」


 遥が笑みを浮かべて言う。


 そんな返しがくるとは思わず司は驚いた。


 ふと気づけば遥と二人きりなのに自然に話せている。


 遥には律しかいないし、自分はそんな二人と知り合って、協力関係にあって、しかもまだまだ彼らにリードされる立場だ。

 遥のことは好きだが、律との関係を壊したくない。

 結論を得て心が落ち着いたのだ。


 二人が親密でいるところを見るとうらやましいし嫉妬心もあるが、以前のようにどうしようもなく溢れてくることはない。


 今までより気さくな物言いは、きっと遥も司のそんな変化を感じ取って、警戒を解いてくれた証かもしれない。

 ならば師匠が安心して戦いを任せてくれるような弟子になろう。

 司は「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「まずは魔力の増幅とコントロールからです。魔力は自在に扱えるととても便利ですよ」


 蒼の夜に司が初めて遭遇した時に、無意識で自分の素早さを底上げしていたあの現象を自由に使えるようになると考えると納得だ。


「魔力の増幅ってどうやるんですか?」

「魔力は心のエネルギーで、精神力と言えますね。強い意志を持つ訓練というのはなかなか難しいものです」


 うんうんと司はうなずく。


「どうすれば精神力が鍛えられるかは、その人によって違うと思いますが、オーソドックスなものは瞑想などですね。静かな環境で『気』を高める、といったものです。まずはそれを試してみましょうか」


 実は、また基礎訓練でちょっと面白いことをするのだろうかと期待していた司は、やっぱそうだよなーと心の中でつぶやきつつ、師匠の言葉にうなずいた。


 促されるままに床に座り、目を閉じて心を鎮める。


「体の中を力がめぐるイメージをするとよいとも言われています」


 邪魔をしないようにと気を遣っているような遥のが鼓膜をそっと揺らした。


 暗闇の中で座る自分をイメージし、体をオーラが纏うのを想像する。

 揺らめく炎のようなそれが全身を包んで力をあふれさせるさまを思い描く。

 想像をするのはたやすいのに、自分の体には変化を感じられない。


 時間だけがただただ過ぎていくのを感じて、司はじれてきた。

 あぁ、早く二人の足を引っ張らないようになりたいのに。

 次のステップへって期待されてるのに。

 心が鎮まるどころか邪念が生まれてくる。


「気持ちが揺らいでますね」


 遥に指摘された。

 思わず目を開けて遥を見る。


「判るんですか?」

「蒼の夜は魔力が可視化できる場所です。氷室くんのうちにある魔力の雰囲気は感じ取れますよ」

「そんなこともできるんですね」


 きっと集中すれば司にもできると言われて、試してみた。

 遥を見つめながら、力の源を探るイメージをしてみる。

 遥の体から滾々とあふれ出るエネルギーを感じ取った。


「あぁ、なんとなく、判りました」


 それができるならそう時間をかけずに自らの力を操れるようになる、と遥は言う。


「最初からうまくいく人はまれですよ。それこそチート能力でも持って異世界に行くようなものです」


 思わずぶっと噴き出した。


「師匠もそういったアニメとか見るんですか?」

「友人は好んで見ているようで、よく話を聞きます」


 オタク友人の話に付き合わされている遥を想像して、自分も気をつけようと思った。

 今のところそんな話をする友人は栄一しかいないので全然大丈夫なのだが。


 結局この日は目立った成果を得られなかったが、自分はチート能力はないからこんなものだと司は納得して――自分に言い聞かせて――訓練を終えた。




 新学期になって、久しぶりに活気のあるクラスの雰囲気を肌で浴びた司は、下校の時間になると疲れを自覚した。


「お疲れっすねー。もしかして寝不足?」


 かばんを持った栄一が冷やかして来る。


「いや、なんていうか、久々にや、賑やかだから」

「今『やかましい』って言いかけただろー」

「そこつつくなし」


 あははーと栄一が笑う。


「けど、今の氷室にはちょっと賑やかなのがちょうどいいんじゃね?」

「なんで?」

「失恋の痛手は静かなとこだと増幅されそうだから、なんとなく」


 栄一が体を寄せてそっと囁いた。


「あー、なるほど。けどもう大丈夫だぞ。おとといも二人と会ったけど全然平気だったし」


 本当は「全然」ではない。

 遥のちょっとしたしぐさにドキドキしたり、律と仲良さげな様子でいるとうらやましいと思う。

 司はまだ遥が好きだ。一度昂った気持ちは、あきらめるという決着を得てもそう簡単に鎮まるものではない。

 だがそれもいずれ時が解決してくれるはず、と司は期待している。


「なんだ、意外に立ち直り早いんだな。よかったよかった」


 どこまで司の気持ちを汲んでくれたかは判らないが栄一は喜んでくれている。

 心底ほっとした顔の友人に、こいついいやつだよなと司は思った。


 が。


「氷室、落ち込んでたのか?」

「そーなんだよ、失恋したってさー」


 瞬間、裏切られた。


「ちょ、南っ?」

「氷室好きなこいたのか」

「意外! どっちかってとボッチを満喫してるようなタイプなのに」

「いや、だからそんな大声――」


 もはやクラスの半分には注目されてしまっているので止めても無駄だが。


「よーし、これから氷室の失恋なぐさめ会でカラオケいくぞー」

「おー」


 グループで勝手に盛り上がっている中にちゃっかりと栄一も混ざっている。


「なんでそうなるんだっ」


 引っ張られていく司は抗議の声を上げたが誰も聞いていない。


 つまり人の失恋をダシにして騒ぎたいだけだと気づいて、司はあきらめてダシにされることにした。ここで嫌だと突っぱねるほど、嫌でもないと気づいたから。

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