2-11 晴れる心

「やっちまった……」


 司は栄一の家に遊びに、いや、懺悔に来ていた。


「何を?」

「嫉妬って見苦しいもんだよな……」

「ちょっとちょと、一人で何を納得してるんだよ? おにーさんに話してみ?」

「南はどっちかっていうと、おかんだな」

「あらあら司ちゃん悩み事? 優しいおかーさんに話してみなさい?」


 そのアドリブ力すごいよな、母は司ちゃんなんて呼ばないけど、と、落ち込んでいるはずなのに笑ってしまった。


「今日、ちょっと用事があって、会ってたんだよ」

「誰と? って、あぁ、好きな人か。大学生だっけ?」

「そ。で、これもらったんだ」


 クッキーの袋を出して見せた。


「おおぉっ? 手作り? すげーじゃん司くーん」


 栄一が肘でぐりぐりと押してきたのではねのけた。


「それがさ――」


 司は会話の流れを話した。

 クッキーを見た時はすごくうれしくて、しかし彼女の「さっきカレシも食べた」の一言で地獄に突き落とされた。だからつい「彼氏のあまりものですか」などと言ってしまった。


 栄一は「ありゃー」と小声でつぶやいている。


「そりゃまずかったな」

「うん。めっちゃ驚かれて、そんな気持ちなんて少しもなかったんだって一瞬で判った」


 そんな時にはどうすればいいのか判らなくて口ごもってしまった、と言って。そういえば結局遥に謝れていないことに今更気づいた。


「その相手の人もさすがにおまえの気持ちに気づいたかもなー」


 さらに栄一の一言で司は鉄の塊を頭に落とされたかのようなショックを覚えた。


「うわあぁ。サイアクだ」

「それでさ、氷室はどうしたいわけ?」


 栄一の質問に司はきょとんとする。


「どう、って。謝った方がいいのは判るけどどう切り出すのか判らないから困ってるんだよ」

「いや、そっちも大事だけど、好きな人をカレシから、いい方悪いけど取っちゃいたいかどうかってこと」


 問われて、迷いなくかぶりを振った。


「あの二人の間に割って入れるなんて思えないし」

「そういや前もそう言ってたなー。そんなに望みなしなのか? クッキーまでくれるのに?」

「なんていうか、もう二人でいるのが当たり前みたいな雰囲気でさ。ほら、勇者と聖女はセット、みたいな。……性別逆だけど」


 最後は独り言だ。


「逆? その女性ひとがかっこいいタイプか」

「そこ拾わなくていい」

「そういえば聖女の逆ってなんだ? 聖男とか言わないしなー」

「聖男って変だろ。ってか話逸れてる」


 すっかり栄一のペースに乗せられて、落ち込んでいるのを忘れるほどだ。


「んじゃー話戻して。結局諦めるってことだろ? だったらさくっと謝ってその話は終わりにしたらいいんじゃね?」


 栄一は手をひらひらと振ってこともなげに言う。


「だからその切り出し方がだな――」

「それ食べてお礼と感想とゴメンナサイを言ったらいいじゃん。そういうのくれるくらい親しいんだろ? それで大丈夫っしょ。難しく考えすぎなんだよ氷室は」


 そういうものなのかと司は感心した。


「判った。そうしてみる。ありがとう」

「どういたしましてー。じゃ、相談料でそのクッキー一枚おくれ」

「ちゃっかりしてる」


 笑いながらも司は一枚と言わず半分近くを栄一に進呈した。




 次に司が暁の訓練に出向いたのは夏休みの終わりの方だった。あれから一週間以上経っている。

 律から、夏休みの課題をきっちりと終わらせるまで訓練も魔物退治も参加禁止、と言われたのだった。


 蒼の夜が徐々に増えてきていて人手が足りなくなりがちだろうに、律は司の勉強面を優先してくれている。

 いや、勉強だけではない。司の日常生活そのものを大事にしてくれているのだ。

 こういう面でも律は憎めない人だ。


 遥を律から奪える気がしないというのは、結局、司は律の事も好きだからだと気づいた。


 遥のことは女性として好きだし、男女の仲になれるならすごく嬉しいだろうが、三人の協力関係を壊してまでそうしたいかというと、違うと思うのだ。

 結論を得て、司は心が軽くなった。


 今日は訓練に律も来ていて、遥と親密そうにしているのを見ても以前ほど心がざわつくことはない。

 なので、思っていたよりもすっと言葉が出てきた。


「師匠、この前はクッキーありがとうございました。美味しかったです」

「そうですか。お口にあってよかったです」


 遥は一瞬表情を動かしたが、すぐに優しい微笑に戻った。


「それと、もらった時、すみませんでした」


 謝罪の言葉を続けると、今度は明らかに驚いている。

 そして先ほどよりさらに嬉しそうに笑った。


「いいえ、わたしこそ言葉足らずでごめんなさい」

「何があったんだ?」


 律が小首をかしげている。


「俺、前にクッキーもらった時に嬉しすぎて失礼なことを言ってしまって」


 頭を掻く司に律は納得顔になった。


「あっ、もしかして、どこの店で買ってきたのかとかそういう感じ? 判るなー。遥さんのクッキー美味しかったからね」


 遥をそっと見た。

 遥も司を見ている。


 そういうことにしておいた方が平和だ。


 遥もふふっと笑ったのは、きっと同じ思いだからだ。

 司もいたずらっぽく笑みを返した。


 栄一が言うように遥は司の気持ちに気づいてなお、司の無礼を許してくれた。そんな気がした。


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