2-4 師匠への思い
遥を意識してしまったのはきっとあんなに仲のよさげな二人を見たからだ。
ただ、親密な二人がうらやましかっただけだ。自分だけが蚊帳の外な感じが嫌だっただけだ。
司は自分に言い聞かせながら、次の訓練の日を迎えた。
「こんにちは氷室くん。早速訓練に行こうか」
律はいつもの柔らかい笑顔で司を迎えた。
遥は、やはりいつも通り、訓練前は眼鏡をかけて髪は三つ編みにして、自信なさげな控えめな笑顔でいる。
律に見せていた輝いた表情は幻だったのかと思うほどだ。
そうだ、あれは見間違いだ。
司は呪文のように心の中でつぶやく。
「今日は律と氷室くんで組んでもらって、わたしを相手に連携の練習をしてもらいます」
訓練所に着くと遥は師匠の顔になる。眼鏡をはずし髪をほどいて、凛とした立ち姿だ。
鼓動が騒がしい。
落ち着いて、と司は深呼吸をする。
「僕の魔法に慣れるまでは、短く声かけをするからね。声がかかる前にどの魔法がかかったか判るようになったらまずは第一段階突破かな」
目指すのは作戦すらも声かけの必要がなくなることだが、それは律と遥でも百パーセントではないので、とにかく律の魔法のすべてを体感して理解するところからだ。
「僕が主に使うのは敵へのデバフと味方へのバフ、回復だ」
律が自分の魔法について説明してくれる。
動きを鈍らせる、攻撃力や防御力を下げる、のような相手にとって不利な状況を作り出す事象をゲームの用語で「デバフ」という。状態異常系攻撃と言うより短いので暁でもデバフと言っているそうだ。
逆にこちらに有利な状況になるものを「バフ」という。
その辺りは司もゲーマーなので知っていたが黙って聞いておく。
律が使えるのは素早さ、防御アップのバフと、同じ種類のデバフ、体力アップと状態異常からの回復だ。あと、水流を飛ばす攻撃魔法も持っているが威力は大したことがないらしい。
結構たくさんだなと司は感心した。
「でははじめましょう」
遥が訓練用の木刀を構える。司も彼女に倣って木刀をぐっと握りしめる。
律はいつものクロスボウを手にした。
遥が打ちかかってくる。
彼女の攻撃は力強い。受け止めるより回避だ。
司は身をひねって刃を逃れる。
律のクロスボウから青色の光が司へと飛んできた。
「バフ、素早さ」
律の短く速い声が響く。
身軽になったのを感じ、司は連撃を繰り出す。
遥は難なくいなしている。
さらに律のクロスボウから赤色の光が遥へと向かった。
「デバフ、素早さ」
これは見たことがあったので律の言葉の途中で効果を把握した。
今がチャンスと司はさらに攻め立てる。
が、途中で魔法の効果が切れた。
想定よりも遅く振られた司の腕をかいくぐり、遥の一撃が右脇を打ち据えた。
かなり痛い。
律のクロスボウから黄緑色の光が放たれた。
「回復、小」
彼の声と同時に脇の痛みが引く。
まだいける。司はぐっと木刀の柄を握りなおす。
律の付与魔法の効果は大体十秒ほどだと得心した。
また、ダメージに対する回復の具合も体感できた。
なるほど、こうやって仲間の力を把握していくのは言葉で聴くだけよりも断然理解が早い。
遥の剣の腕前はよく判っている、たとえ訓練のために手加減されたものだとしても。
今の司では真正面から打ち合っても不利だ。
律の魔法をうまく使って、遥との力の差を埋めた時が司の勝機だ。
何度か刃を交え、律の支援の仕方もだんだんと把握できてきた。
次にバフをもらった時に――。
だが遥は木刀を律へと振るった。白熱色のオーラが律へと放たれる。
「うわっ」
オーラが律に直撃して、律は尻もちをつく。
司は息をのんだ。つい動きを止めてしまう。
そんな大きな隙を逃す遥ではない。
大きく踏み込んできた遥の一撃で、司も倒された。
「目の前の敵がずっと自分だけを見ているわけではありません。むしろ厄介な魔法をかけてくる相手を先に仕留めようと考えるものが多いでしょう」
遥に指摘され、それはそうだと司はうなずいた。
ゲームでも回復を担う敵を先に討つのはセオリーの一つだ。実際に命がかかれば自分にとって一番利のある戦法を考えるのは当然だ。
「僕からは、僕の魔法を待つだけじゃなくて氷室くんもほしい支援をこちらに伝えてほしい。さすがに連続で魔法を撃ち続けるのは無理だけれど、ある程度なら応えられるから」
律の言葉にも司は納得してうなずいた。
それから数度、律とともに遥を相手にした。
律の魔法の種類と効果を把握した司は、自分からもほしい援助を積極的に発言できるようになっていった。
遥が木刀を大きく振り上げる。
「防御を!」
「了解」
クロスボウから黄色の光が放たれるのを視界の端に捉えて、司は身をかがめ木刀を頭上で横に構えた。
遥の木刀が上から降ってくる。
力負けしていた遥の攻撃が軽く感じられる。
今だ!
伸びあがりつつ、遥の刃をはねのけ、後ろへと下がった遥の胴に、木刀を打ち付ける。
「お見事です」
遥が笑顔を浮かべた。
頬がかぁっと熱くなる。
戦いぶりを褒められた嬉しさもあるが、遥の笑顔が自分に向けられたのが単純に嬉しいのだと自覚してしまった。
訓練の間は集中して忘れていた「思い」があふれてきた。
あぁ、やっぱり、俺は師匠が好きなんだ。
一時の気の迷いだとふたをしていた本音を、自覚してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます