2-5 普通の悩み
次の日、司は栄一の家を訪れた。
一緒に夏休みの課題をしよう、ということだったが真面目に取り組んでいたのは最初の一時間ちょっとだけだった。
まぁそれでも全然やらないよりはいいよなーと栄一は笑っている。
うなずいて返しながらも、司はふとした瞬間に遥と律のことを思い出してしまって表情がこわばってしまう。
考えてみれば栄一とこうやって「普通の高校生らしい」ことをしているのが久しぶりだと思うのも異様なことなのだ。
「氷室、なんか悩みごとか?」
さすがに栄一に気づかれてしまった。
心を煩わせていることは二つ。
ひとつは、今までの日常に異質な「蒼の夜」というものが入り込んでしまったこと。
だがこれは話せない。たとえ一番仲の良い友達でも。家族にでさえ。
二つ目は、遥の事だ。
この話ならそれこそ普通の話だ。相手が青の夜の関係者だという以外は。
しかし恋の悩みだなんて言ったら栄一は茶化すだろうか、とためらった。が、いっそ笑い飛ばしてくれた方がすっきりするのかな、とも思えた。
「ちょっとさ、気になる人がいるんだけど」
「おおぉっ? 恋バナ?」
栄一が目を輝かせる。
「そんないいもんじゃない」
「なんでだよ。相手誰よ? 俺も知ってる子? それとも違う学年?」
相手が高校生と決めつけている栄一に司は笑おうとして笑えなかった。
蒼の夜のことがなければ自分達の行動範囲なんて通学の間と学校の中だけなのだ。あとはネットゲームの相手ぐらいか。
そんなことでも自分は栄一とはかけ離れてしまったんだと実感してしまう。
「いや、知り合いの友達の、大学生」
「なんだそれ、遠っ。しかも年上か」
司が年上好きだとは思わなかったなーと栄一は変な感心をしている。
それは自分でもそう思うと司もうなずいた。
「で? 脈ありか?」
「脈ありなら悩まないだろ」
「あ、そりゃそうだなー。こいつは失敬」
茶化している栄一の笑顔に、司もやっと心からの笑みが漏れた。
「おまえさー、気を付けないと、わりとむすーっとしてること多いからさ。打ち解けたら面白くて話しやすいのに、打ち解ける前に距離おかれるぞぉ?」
栄一のアドバイスは耳に痛いがまさに「ド正論」だった。
「氷室は変な小細工とかあんまり得意そうじゃないし、ここはもう、告っちゃうしかないかぁ? 真正面から好きですって言われたら誰だって嬉しいだろー」
からりと笑う栄一こそ変な小細工が一番似合わなさそうだと司も笑った。
あぁ、こいつがいるから精神的に救われてるとこ、あるよな。
司は栄一に「ありがとう」と心の中で強く感謝した。
「でもまぁ、告る告らないの問題じゃないんだよな」
「なんで?」
「彼氏がいた。一緒にいるところを見た」
言いながら思い出すのは、遥と律の仲睦まじい様子だ。
「一緒にいたヤツがカレシだって限らないんじゃないか?」
「いや、あの雰囲気は……。南もきっと直接見たら間違いないって思うと思う」
手作り弁当を前に満面の笑みの律と、彼に寄り添う遥を思い出して司は口をへの字に曲げた。
「そっかー、残念だったなー。せっかく好きになれる相手が見つかったのにな」
栄一も少し悲しそうな顔をした。
「くよくよすんなよ。女の子なんてたーくさんいるっ」
「たくさんいるけど誰でもいいってわけじゃないだろ」
「うーん、難しいな」
栄一が腕組みをしてうなる姿がおかしくて司の唇から笑みが漏れた。
「なー、いっそ大声上げて泣いちゃえよ」
とんでもないことを言われた。
「そんなことできるかよ」
恥ずかしいとつぶやくと栄一は笑った。
「まー、なかなかなー。けど悲しいのをため込むより、吐き出した方がいいと思うぞー。大声で泣くのは無理でも、なんか違う方法でも」
確かにストレス発散は大事だと司もうなずいた。
「そうだな。適当に発散する。雨の中で騒いでみるかな?」
「えっ、今日雨降るのか?」
「午後からゲリラ雷雨の確率がかなり高いってさ」
司の声に応えるかのように遠雷が聞こえた。
「おぉ、雷様が返事したぞっ」
「雨降ったら外に出て……、さすがに怒られるよな」
「何バカやってんのってうちのかーちゃんが雷様になるぞ」
栄一とのやり取りで、司は心の暗雲が晴れていくのを感じた。
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