2-2 三人での戦い

 司が「転移の房」を受け取ってから二日後の夜、律から電話がかかって来た。


『氷室くん、今大丈夫かな』


 来た、蒼の夜だ。

 司は意気込んで立ち上がった。


 母親には、ちょっとコンビニに行ってくる、と言って家を出た。

 そっと家の裏手にまわって周りに誰もいないことを確認する。


「大丈夫です」


 小声で告げると、蒼色の房が青白く光った。

 周りの空間が歪むと同時にふわりと体が浮き上がる感覚に包まれた。

 それだけではない。押しつぶされたり引き伸ばされたりとせわしない。


 どうにかなってしまうのではないかと司が考えた次の瞬間、空気が変わった。

 いや、景色そのものが変わった。

 見覚えのない住宅街だ。


「氷室くん、行くよ」


 律の声がする。いつの間にか隣に律と遥がいた。

 二人が走り出したので司も後を追う。

 一見、何もおかしなところなどない住宅街だ。

 だがあの、嫌な感覚が近くにある。


 分厚い空気の膜を抜けるような感触の後、蒼に染められた世界に突入していた。

 元々夜だったからか、今は自分達の色合いと蒼の夜の景色にあまり違和感はないな、と司は感じた。


 異質な気配に近づいていくと、魔物はすぐに見つかった。

 黒に近い茶色の毛の、巨大な狼だ。一目で犬とは違うことが判る体躯をしている。発達した骨格と盛り上がる筋肉、さらにそれを覆う硬そうな毛が全体的に「いかつい」印象を与える。

 さらに、ギラギラと赤色に光る目と、とがった牙が狂暴性を引き立てている。


「素早そう。気をつけて」


 律が左手のクロスボウを構えるのにあわせるように、遥と司も武器を抜く。


 狼は司に向かってきた。

 ひやりとするが、自分に言い聞かせる。


 ――大丈夫。師匠の小石より遅い。


 司は狼の爪を落ち着いてかわした。

 何度か爪や牙を回避して相手の攻撃パターンが読めてくると、隙をついて反撃しなければという余裕も生まれてくる。


 司の繰り出す刃をひらりとかわした狼が、今度は律に跳びかかっていった。


「させません」


 遥の凛とした声と共に、彼女の大太刀がうなる。

 横っ腹を斬られた狼が悲鳴を上げるが、まだ闘志はあるようだ。

 律のクロスボウから赤色の光の弾が放たれ、狼に直撃する。

 狼の動きが目に見えて鈍った。

 このチャンスを逃す遥ではない。

 とどめの一撃が深く切り裂き、絶命した狼はすぐさま消えていった。


「お疲れ様」


 律が笑顔になると、遥も微笑を浮かべた。


 ……二人の連携に入り込む隙がない。

 初めての三人での戦いに勝利できた高揚よりも、司は疎外感を覚えた。


 蒼の夜が晴れ、司達の武器も消える。


「それじゃ、帰ろうか。ここからだと会社に戻った方が早いかな」


 そういえばここはどこだろうと司が疑問に思っていると、律が察したように「氷室君の家の隣の市だよ」と付け足してくれた。


 律が暁のメンバーに連絡をして、すぐにあの訓練施設に転移してもらった。

 そこから律が車で司と遥を送り届けてくれることになった。


「氷室くん、いい動きだったよ。君が最初に相手をしてくれたから狼の動き方もよく判った」

「あの素早さに対応できるなら安心です」


 律と遥が褒めてくれるが、貢献した気分にはならない。


「そうですか? あんまりちゃんと戦えていた実感はないですけど」

「ちゃんと生き残ったよ。怪我もなかったし。まずはそれが大事」


 言われて、はっとした。

 恐らくもう何年も一緒に戦っている律と遥のようにできると思うことがそもそもの間違いなのだ。


「でも、そうだね、三人になったし、僕達も今までの戦い方を見直さないといけないな。あと何度か一緒にやってみて、それぞれの持ち味を活かせる戦術を考えて行こう」

「はい、頑張ります」

「氷室くんの訓練の時、律も来られるなら来て。連携の練習もしましょう」

「そうだね」


 律や遥が自分を受け入れるためにいろいろ考えてくれているのだと思うと、司の疎外感は消えて行った。

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