1-7 次の段階

 暁の訓練室。蒼の夜の疑似空間でつかさは得物である刀を握りしめ、目の前の目標物をじっと見つめている。


 台の上には、かぼちゃ。


 訓練が始まって一か月、かぼちゃに挑めるのは週に一回なので今回で四回目だが、まだ司はかぼちゃを一刀両断できていない。


 師匠のはるかに見つめられながら、緊張にざわついてくる心を鎮めるために一度目を閉じた。

 大きく呼吸する。

 脳裏に浮かんでくるのは、初めて遭遇した蒼の夜の情景だ。司を襲ってきたゴブリン達を思い浮かべる。


 ゴブリンが司に向き直った。武器を持つ手を振り上げる。

 今だ!

 かっと目を見開き軽く振り上げた刃を袈裟がけにする。

 ゴブリン、もとい、かぼちゃは降参とでもいうように綺麗なオレンジ色の断面を見せた。


「見事です」


 遥はいつもより歯を見せて笑った。

 喜んでくれているのだと感じて嬉しくなる。


「ありがとうございます。師匠」


 訓練が始まってしばらくしてから、司は遥を「師匠」と呼びはじめた。


 きっかけは、うっかり、だ。

 遥の言い渡す訓練をキツいと思っていた最初のころ、心の中で「天道さんはわりと鬼師匠だ」などと考えていたので、遥と話す時につい「師匠」と口をついて出てしまったのだ。口にしてからはっとしたが、「鬼」とつけなかったことにほっとした。


 初めて師匠と呼んだ時、遥は驚いていたが、すぐにうっすらと笑った。嫌ではないらしいと感じられて、それからは、さも最初から師匠呼びしたかったんだとでもいうように呼ぶようになった。


 ちなみに今は毎日の筋トレがそこまで苦痛ではなくなってきている。継続は力なりとはよく言ったものだ。


「次の段階に進みましょう」


 司の思考を遮るように遥が宣言する。


 もしかして師匠と模擬戦かと期待した司だったが、遥がてのひらを上に向けて開くと、そこには小石が数個。


「次はそれを斬るんですか」

「ただ斬るのではありません」


 遥は少し意地悪そうに笑って、小石を見つめた。

 すると石が彼女のてのひらから浮かび上がる。


「魔力で……?」

「はい。次は動くものを相手取る練習です。こちらからも攻撃しますので当たらないように動いてください。斬れなくても、叩き落せれば合格です」


 一気に難易度が上がった。

 的の大きさは何十分の一だろうか。それだけでも難しそうなのに動き回り襲い掛かってくるのだ。

 司は気を引き締めた。


「それでは、始めます」


 遥が小石を浮かせた。

 司は抜刀し、身構える。

 それを待っていたかのように、ものすごいスピードで司の顔めがけて飛んできた。


 これを攻撃しろって?

 心の中で愚痴をこぼす。

 避けるだけで精一杯だ。


 司が手に持っている刀の存在を思い出したのは、小石を数度避けた後だった。

 攻撃をかわしながら刀を振るうが、かすりもしない。


 だが何度か小石を避けて気づいた。

 司めがけて突進してきて、司の一メートルほど先でくるりと反転してまた飛んでくる。

 反転する時が攻撃チャンスじゃないか、と。


 司の腰の高さから顔をめがけて飛んでくる石を最小の動きで避け、頭より少し上でとどまった獲物めがけて刃を振り上げる。

 読みはよかった。だが切っ先は惜しくも小石をかすめたにとどまった。


 よし、これならいけそうだと気を取り直し司は刀を腰だめにする。

 小石が降下してきた。これはかわし、反転する隙に――。

 だが司の読みははずれ、小石はとどまることなく大きく旋回して後ろから襲い掛かってきた。

 背中に小さな硬いものがぶつかる感触。


「一本」


 遥の冷静な声で、石が当たってしまったのだと念押しされた。


「くそっ」


 悔しくて思わずつぶやいた。


「知能がない敵なら単純な攻撃しかしてきませんが、氷室くんが相手の動きを読み取って予測して動くのと同じように、相手もあなたの動きを読んで行動してきます。一度使えると思った手がいつまでも通用するわけではないのです」


 遥の指摘にまた悔しくて声を漏らす。


「すごい気迫だね」


 いつの間にか訓練室にりつが来ていた。いつものように彼の笑顔は見ていると心が和む。


「どう? 氷室くんの調子は」

「動きはよくなってます。近いうちに実戦に出られるぐらいにはなるでしょう」


 にこりと笑う師匠に、昂った気持ちが和いでくる。

 律は常に笑顔に癒しのオーラが乗っている人――時々遥に注意されているので無意識なのだろう――だが、遥はちょっとしたしぐさで和ませてくれる。


「かぼちゃは斬れたみたいだね」


 律がテーブルの上の、真っ二つになったかぼちゃを見て笑みを深くする。


「これで週の半分はかぼちゃ料理ということはなくなりました」


 遥が肩をすくめて、ふふふっと笑った。

 訓練で使ったかぼちゃは、後で師匠の家で美味しくいただきました、ということか。

 自分が未熟なせいで天道てんどう家の食卓にまで影響していたとは。


 明かされた事実に司はかぁっと頬を赤らめた。

 同時に、そこまでして自分の訓練に最適な方法を考え、用意してくれているのだと思うと感謝も湧いてくる。


 もうすぐ実戦に出られそうだという遥の言葉を信じて、早く一人前の「守れる人」にならないとと司は決意を新たにした。

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