1-6 守れる人には

 次の日、つかさは疲れが抜けきらないまま登校した。

 かぼちゃを斬ることに失敗した後はひたすら基礎運動と素振りを繰り返させられたのだ。

 あんなに運動したのは久しぶり、というより初めてだったかもしれない。


 しかも師匠となったはるかは、筋トレは毎日やってください、とさらりと言ったのだ。

 やってください、と依頼のような口調だが有無を許さぬ声と表情だった。

 訓練が終わったら眼鏡をかけて気弱そうな女性になるのに、なんなんだあの二面性は、と司は呆れた。


 だが基礎体力が必要なのはうなずけるので、言われた通りこれからも運動を続けるしかない。


「だるー」


 思わずつぶやいた。


「お? 氷室ひむろ、朝からお疲れな顔だなー。もしかしてアニメリアタイか?」


 席についた司に栄一が声をかけてくる。


「いや、鍛錬――」


 言って、しまった、と気づく。


「鍛錬? なんで?」

「あー、いや、ゲームの腕前の鍛錬」

「あぁ、プレイヤースキル伸ばすってか。おまえ結構強いのにさらに上を目指すのか」

「まぁね」


 よかった、うまくごまかせたようだ、とほっと息をつく。


「寝不足になるまでやりこんじゃダメだぞー」

「うるさいぞオカンか」

「まぁ、司くんったら、いつの間にそんな口の利き方を。反抗期かしら」


 栄一がわざと声を高め、母親ぶった口調でいうものだから司も、近くにいた男子も噴き出した。




 なんとかけだるさを我慢して授業を終えた学校からの帰り道、甲高い子供達の声が飛び込んできた。

 子供の声って疲れてる時には頭まで響くよな、などと思いつつそちらをみた。


 夕方というよりは夜に近くなってきた薄暗い空の下、三人の小学生が紙飛行機を飛ばしている。誰の飛行機が一番遠くまで飛ぶか、競争しているようだ。

 ランドセルを背負っているので学校からの帰り道だろう。


 こんな時間まで紙飛行機を作っていたのだろうか。それとも別の用事だったのだろうか。

 朝の、栄一の「オカン口調」を思い出してふっと笑う。

 この子達の母親も、心配しているかもしれないな。

 そんなふうに思う。


 だが見ず知らずの自分が「早く帰ったら」などと声をかけたら、下手をすれば「事案」にされてしまう。

 最近はなんでもすぐに不審者情報だもんな。と、笑みに苦いものが交じった。


 ふと、何か、違和感を覚えた。

 何とも言えない落ち着きのない空気だ。

 子供の一人が投げた紙飛行機を追いかける子供達の姿が、ふっと掻き消える。


 えっ? 今度はなんだっ? とぎょっとなる。

 周りを見ても景色は普通の色だ。蒼の夜ではない。

 だが子供達が消えてしまったところをよく見るとなにかのようなものが、まるで世界の境目のようにゆらゆらとしている。


 これはもしかして、蒼の夜との境目か。


 司は急いでスマートフォンを取り出した。

 蒼の夜出現に遭遇した場合「暁」に緊急コールをすることになっている。

 電話に出た暁のスタッフに起こった出来事と位置を伝えた。


『こちらの蒼の夜探知情報と一致しました。すぐに雨宮さんと天道さんが向かいます。氷室さんは蒼の夜の内部に入り、様子を伝えてください』


 蒼の夜の中にいる化け物と戦えと言われなかったことに司はほっとしていると同時に子供達は大丈夫かと案じた。

 しかし、入れと言われても入り方が判らない。


「入る、って、どうやってですか?」

『そこに蒼の夜があると意識して、中へ入ろうと強く思えば、入って行けます』


 そういうものなのか、と勘ぐったがとにかく言われた通り試してみることにした。


 世界の境目のもやに近づき、手を伸ばす。


 この先が蒼の夜だ。中へ行くぞ。


 強く思うと、手の先がすぅっともやの奥に消える。

 司は意を決し、勢いよく一歩を踏み出した。


 景色が、夜のそれに変わる。公園の様子は全く変わらないのに、ただ空が夜空に変わり、不気味に暗く、蒼い。

 自分が襲われた時のことを思い出して身震いするが、手に刀が握られていると気づいてほっとする。今はただただ何もできなかったあの時よりは、少は何かができるはず。


 子供達は捜すまでもない。蒼の夜に入ったすぐのところで「同化」している。

 本当に蒼色になって止まっている。


「子供達は同化してます。今のところ魔物は……」


 暁のスタッフに報告していると生き物の気配を感じた。

 見ると、上空にコウモリの羽のついた小さな魔物が三匹現れていて、今にも子供達に飛びかからんとしていた。


 頭の中が、かっと熱くなった。


「化け物がっ。応戦します」

『え、氷室さ――』


 返事を最後まで待たず司は柄をぐっと握りしめ、怪物めがけて抜身の一撃を放った。

 魔物達は「ギャッ」と驚きの声を上げた。先ほどまでの勢いは失せ、上空で司の様子をうかがっている。


 戦える人にはまだ遠くても、少しの間でも守れる人には、なれる。

 司は動けなくなっている子供達と魔物の間に割って入り、剣を身構える。


 魔物の一匹が、急降下してきた。

 狙いをつけて剣を振り上げる。

 かわされてしまった。


 魔物達の様子が変わる。

 司の刃が自分達に触れることはないと確信したのか、馬鹿にしたかのように司の周りを飛びまわり、手や足の爪でひっかこうとしてくる。


 司は刀を必死に振り回して応戦するが、もはや型も何もあったものではない。

 右手の一匹に刃を振り下ろした隙をつき、左から襲い掛かられた。

 肩に熱い痛みが走った。ちらと見ると服が裂けて血がにじんでいる。


 ただただ子供達を助けないとと武器を振るっていた司だったが、強烈な痛みが気持ちをトーンダウンさせた。

 このままじゃ殺されるかもと思うと恐怖も湧いてくる。


 萎えた気勢に追い打ちをかけるように魔物が一斉に飛びかかってきた。

 悲鳴を上げながらも刀を振り上げた司だったが、腕を下ろす前に勝負がついていた。


 魔物が悲鳴を上げ、落ちていく。

 その向こう側には初めて会った時と同じように、大太刀を振り下ろした遥がいた。


「よく頑張りました」


 武器を収めた遥の第一声がねぎらいの言葉だったことに司は驚いた。彼女から見れば戦いにもなっていない司の動きは稚拙に思えただろうに。


「子供達も大丈夫だよ。蒼の夜が晴れれば目を覚ますだろう」


 律が満面の笑みをたたえている。

 ほっと心が温まる。


 すぐに景色は元の公園に戻った。とはいえもう日もすっかり暮れてしまっているので不気味な雰囲気がなくなっただけだが。

 子供達が少し走ったところで立ち止まって周りを見る。

 急に大人が増えていることに驚いているようだ。


「あんまり遅くまで遊んでちゃ危ないよ」


 律が笑みを浮かべて子供達に声をかけると「はーい」と元気な返事が返ってきた。


「あ、かみひこうき!」


 蒼の夜に入る前に飛ばしていた紙飛行機を拾って、子供達は帰っていった。


 彼らが無事でよかったと安堵すると同時に、司は自分のふがいなさを実感した。遥が来てくれなかったらきっと司はやられていた。


 ふと気づくと、魔物に傷つけられたところは服まですっかり元通りだ。

 だがその箇所にだるさを感じる。

 これが、蒼の夜と現実との祖語の埋め合わせか。


「氷室くんがいてくれたおかげであの子達は無事だったんだよ」


 心情を察してくれたのだろう、律にねぎらわれて嬉しく思うも、やはり自分はまだまだだと司は痛感した。


「もっと、頑張ります」


 司の宣言に、律も遥も微笑んでうなずいてくれた。

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