1-5 訓練開始

 あかつきは人手不足だ。なにせ蒼の夜の中で活動できる人は限られているので。

 つかさには早々に蒼の夜で魔物を倒してほしいのが律の本音だが、つい先日まで戦いに無縁だった司がすぐに実戦に出るのはとても危険である。


「ということで、しばらく、数か月かな? 訓練してもらおうと思うんだ」

「訓練、ですか」

「そう。氷室くんがどういう系統の戦い方をしたいのかも決めて行かないといけないし」


 近接戦なのか遠距離戦なのか、相手に直接攻撃するのか支援型なのか。

 そういったところらしい。


「学校とかプライベートの用事とかもあるだろうから基本的には週末でいいと思うけれど、もしも平日でも大丈夫な日があればあらかじめ教えておいてもらえたら調整するよ」


 言われて、まずは塾のある土曜日が出かけやすそうだと司は思った。

 平日となると、水曜日は授業が少し短いので動きやすい。


「それじゃ、週二回ということでよろしく頼むよ。明後日はこっちに顔を出してもらってから一緒に訓練施設にいこう」

「はい。よろしくお願いします」


 トラストスタッフを後にして、家に帰る道すがら、どんなふうに立ち回るのがいいだろうとあれこれ考えを巡らせた。


 家に帰って、自室でベッドに座って、ふっと気づく。

 蒼の夜に対する恐怖が和らいでいる。

 訓練をちょっと楽しみだとすら思っている。

 司は自分の心境の変化に驚いた。


 やるしかないと腹をくくったからだろうか。

 何にしろ、戦うのにいちいち恐怖していては体も動かないだろう。いい変化なんだと思うことにした。




 水曜日。

 授業を終え、最寄り駅で栄一と別れてから、司はトラストスタッフに向かった。


 訓練ってどんなことをするんだろう。やっぱり武器の素振りとかからだろうか、などと考えながら律の執務室に通された。


「こんにちは氷室くん。早速だけれど訓練施設に向かおうか。はるかさんもそこで待ってるよ」


 会社の入っているビルから徒歩五分のところの建物だった。何かの研究施設のように見える。


 施設の中の広い部屋で遥が待っていた。

 髪をおろし、眼鏡をはずした「戦闘態勢」だ。彼女の背には化け物を斬り伏せたあの大太刀がある。


 武器が? まさか?

 司は上を見た。

 天井の蛍光灯が蒼白い光を放っている。


「ここって……、蒼の夜?」

「うん。蒼の夜の空間を人工的に作り上げた部屋なんだよ」


 再現させるのに成功したのは三年前だと説明する律の笑顔は、いつも通り柔らかい。すごいことを言われているのに何でもないように思えてくるぐらいだ。


「律、また『天使の笑顔』を発動してますよ」


 遥が呆れたような顔で笑っている。


「天使の笑顔?」

「律の魔力の一つです。近くにいる人のマイナスの感情を和らげるんです」


 あっ、と司は思い至った。

 蒼の夜に対する恐怖が薄らいでいたのは、律の魔力の影響を受けていたからなのだ。


「適度に使うのはいいですが、緊張感がなくなりすぎるのもダメなんですよ」

「うん、そうだね」


 いさめられて律はふわりと笑った。その笑顔に遥も息をつきながらも口元が緩んでいる。

 子供の小さないたずらを見逃す姉か母のようだ。

 二人の力関係をこの一瞬で把握した気がした。


天道てんどうさんもトラストスタッフの人なんですよね? 雨宮あまみやさんの同僚、ですか?」


 まさか実は遥の方が上司だったりするのかと勘ぐりながら、尋ねてみた。


「いいえ、わたしはまだ大学生です。卒業したら律と同じく暁に所属しようと思っていますが」


 将来、暁に属するとしても大学は出た方がいい、というのが両親や律の勧めらしい。

 なるほど、と思わなくもない、ぐらいの感想だ。


「それじゃ、早速訓練に入ってもらおうかな。まずは君がどうやって戦うかだね。どんな感じで戦いたいか、考えてみた?」

「はい、一応は」


 サポートよりは直接攻撃する方が自分の性にあっていると司は考えていた。バーチャルリアリティのアクションゲームで近接武器をメインに使っているので戦いのコツは掴みやすいかもしれないという腹積もりだ。


「それじゃ、自分が使いやすいだろう、と思う武器を想像してみて」


 司は目を閉じ、刀を想像した。それこそゲームで自キャラが使っている日本刀だ。

 すると、手に何かが触れた感じがして、反射的にぐっと握りしめた。


 目を開けてみる。

 司の手に現れたのは黒塗りの鞘に収まった、長さ一メートル弱ほどの日本刀だ。

 おおぉ、と思わず声が漏れる。


 刀を抜いてみた。

 とても切れ味がよさそうだ。これなら蒼の夜の化け物だって斬れそうな気がしてくる。


「近接戦闘武器ですね。ならばわたしが稽古をつけましょう」


 遥が言う。

 まずは素振りを言い渡された。

 振り下ろし、切り上げ、横凪にする。


「なかなかいい感じですね」


 褒められて司の口に笑みが浮かんだ。


「では、これを斬ってみてください」


 遥が何かを出してきた。

 かぼちゃだ。

 見間違いかと思ったが二度見しても三度見しても、まるまると大きくどっしりとして、美味しそうなかぼちゃだ。


「刀の振り方、実際は魔力の扱い方となってきますが、それで切れ味が変わります。かぼちゃのような不安定で皮の堅いものを綺麗に切れたなら第一歩を踏み出したと認めましょう」


 これじゃまるで某アニメの訓練だなと司は苦笑いしたが岩を斬れと言われないだけましかと気を取り直す。


 テーブルに置かれたかぼちゃに向き直る。

 刀を振りかぶり、気合いの声を発しながら刃を振り下ろした。

 刀身がかぼちゃに食い込む!

 真ん中あたりで止まってしまった。


「筋はいいです。しかし今あなたが魔物と戦っても刃が敵の体にとどまったままになってしまって反撃を食らいます」


 先日のゴブリンの体に刃が刺さったまま、うろたえる自分が返り討ちにあうのが容易に想像できた。


「技術も大切ですが、体力と精神力も鍛えてくださいね」


 遥は微笑して、筋トレとさらなる素振りを言い渡した。


 戦う訓練というから実戦形式なのかと思っていたが、師匠と模擬戦ができるのは、まだまだ先のようだ。

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