1-2 異世界と異能

 落ち着かない気持ちのまま家に帰って、母と夕食を食べる。

 いつも通りのはずが、つかさはこうやってご飯を食べる事にこれほどの安心感を覚えたことはなかった。


 もしかすると「あおの夜」と呼ばれていたあの暗闇の中でゴブリンに似た化け物に殺されていたのかもしれないのだ。

 そう思うと、何の変哲もないと思っていたことがすごくありがたく思える。


「ごちそうさま。美味しかった」

「えっ、何? そんなに美味しかった?」


 いつもあまり言わないことを言ったからか、母親が大げさに驚いて、「特別な味付けとか何もしてないけどねぇ」とつぶやきながらも嬉しそうに笑った。


 普段から母の料理は美味しいと思っている。が、よほどのことがない限り「美味しかった」とは言っていなかったなと司は微笑した。


 何かあったのか、などとからかわれないうちに司は自室に引き揚げた。

 ベッドにあおむけに寝そべって、「蒼の夜」について思い出してみる。


 夕暮れのはずが突然夜のようになった。しかも不自然な色合いだ。

 空は蒼色、建物などはそれよりも黒に近い色だった。普段はオレンジ色の外灯も、蒼と白を足したようになっていた。

 そこに現れた化け物が三匹。


 ……ん?

 司はあの時感じた違和感を思い出す。


「色が、合ってなかったんだ」


 思い当たったことをつぶやいた。

 化け物や、りつはるかと呼ばれていた人達の姿は、蒼色の空に似合わなかった。

 例えるなら、アドベンチャーゲームなどで背景が夜なのに人物だけ昼間の色合いで描かれている、あの画面だ。

 生き物だけが、浮いているよに見えた。

 それだけであれが異質な空間だったのだと再認識する。


 やっぱり、テレビのドッキリとかじゃないんだな、と司は息をついた。


 最後に蒼の夜について思い出したのは、遥という女性が大きな剣――あれは大太刀だろうか――を振り下ろしていた姿だった。


 恰好よかった。

 綺麗だった。

 命を助けられたという上方修正を除いても、遥をスゴイと思う気持ちに変わりない。


 明日、話を聞きに行ったらあの女性ひともいるだろうか。

 蒼の夜についての話ももちろん関心はあるが、司はまた遥に会えることも、楽しみだった。




 次の日、司は「トラストスタッフ」に向かった。

 ちょうど今日は土曜日で、塾に行く前に買い物をしてくるともっともらしい理由をつけて早めに出かけることができた。


 電車を乗り継いで三十分ほどで、会社の最寄り駅に到着した。

 司の家の近所と違って、大き目のビルも建ち並ぶ街は、土曜日だというのにビジネススーツを着た人達が忙しそうに歩いている。

 これがオフィス街ってやつか、と司はなんとなく場違い感を覚えつつもトラストスタッフを探した。


 受付でりつの名刺を見せると、五分もしないうちに律本人がエントランスまで迎えに来てくれた。


「やぁ、こんにちは。こちらへどうぞ」


 昨日よりもさらに柔らかい笑みと物腰で司を小部屋へと案内する。

 その部屋の真ん中にソファと小さなテーブルがあり、奥には机と椅子、パソコンがある。おそらくここは律の仕事部屋なのだろう。


 そして、窓際には。


「こんにちは」


 細い声で挨拶するのは、はるかだ。

 だが今日は髪を固く三つ編みにして、大きな四角の黒縁眼鏡をかけている。

 居心地が悪いといわんばかりの遠慮がちな立ち姿も相まって、田舎から出てきたあか抜けない学生を絵にかいたような姿だ。


 司は、なんだかがっかりしてしまっている自分に気づいた。


「あぁ、えぇっと、こんにちは。昨日はありがとうございました」


 それでも挨拶とお礼の言葉を二人に向けて発することができた。


「気にしないで、さぁどうぞ、座って」


 律に促され、ソファに腰かけた。

 遥がお茶を出してくれる。


(……昨日と同じ人、だよな?)


 そんな疑いまで持ってしまうほどに印象が違っていた。


 司の向かいに律が、その隣に遥が腰を下ろした。


「それじゃ、話をはじめようか」


 律が柔らかい笑みを引っ込めて、蒼の夜について話し始める。


「蒼の夜は、異世界と地球とをつなぐトンネルのような現象なんだ。君も見たあの化け物たちは異世界に住んでいる生物だよ」


 異世界とつながった場所はなぜか夜のような景色になる。なので蒼の夜と呼ばれているそうだ。


「その中では生き物も蒼の夜の景色と同化するみたいに動けなくなってしまう。助けがなければ現れた化け物に襲われて、死んでしまう。化け物達にとって蒼の夜と同化した生き物は食べ物なんだろう。骨も残さず、ということはないけれど、化け物がいなくなって蒼の夜が晴れるとその中で起こっていたことはなかったことのように消えてしまうから、殺されてしまった人も消えてしまう」

「じゃあ、どうして俺は動けたんですか」

「魔力、精神力ともいうけれど、それが強い人は意識を失わないらしい。気づいてたかな? 僕達も君も、蒼の夜の色とは違う本来の夕焼け空の下みたいな色だったのを」


 言われて、司は昨夜思い当たった違和感が正しかったのだとうなずいた。


「蒼の夜と同化してしまうと、人もあの色あいに染まってしまうんだ。そしてその場で動けなくなってしまう」

「魔力が高い人だけが動ける空間ということですか」

「そう。それと、異世界からやって来た魔物だね。だから蒼の夜に巻き込まれて意識を保っていられる生還者はとても貴重なんだ」


 つまり司は魔力が強いということだ。

 それゆえに動けて、抵抗できて、助かったのだ。

 よかったと思う反面、次の律の言葉が想像できて身構えてしまう。


「僕は、僕達は、蒼の夜の魔物を倒してできるだけ犠牲がでないように活動している組織に属しているんだ。……もしよければ、君にも手伝ってほしい」


 やっぱりか。

 司は固唾をのむ。


「さっきも言ったけれど、蒼の夜の中で活動できる人は少ないんだ。それに君は化け物から逃げる時に魔力を使ってたし、そういう人はもっと貴重なんだよ」

「え? 俺が、魔力を?」


 うん、と律はうなずく。


「逃げている時に、体が軽くなる感じがしなかった?」


 言われて、あ、と司は声を漏らした。


「無意識だっただろうけれど、君は自分の動きを底上げしていたんだよ」


 あれは「火事場の馬鹿力」ではなかったのだ。いや、魔力を扱う方法を知らないままだったのである意味当てはまるかもしれないが。


 漫画や小説、アニメなどではおなじみの異世界と異能。

 自分にも魔力があり特殊な力が使える。


 司がそれらを手放しで喜ぶ性格なら、この誘いに飛びついたことだろう。

 だが彼はそういったものを「危険」だと考えるタイプだった。


「少し、考えさせてください」


 司の返事に律は当然だというようにうなずいた。


「今日明日で答えが欲しいわけじゃないから、よく考えてみて。嫌だと思うなら無理強いなんかしないよ。自発的にやってもらわないとね。命がかかってくる話なんだし」


 もしも手伝うことになったら、もっと詳しい話をする、と律は話を切り上げた。


「もう一度念押しさせてほしい。関わる関わらないを問わずこの話は誰にも言わないで。そんな現象が現実に起こるって広まったらパニックになってしまうから」


 別れ際に律が真剣な顔でいうのに、とても重大なことに巻き込まれてしまったのだと司は実感した。

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